組織の生産性アップのために、従業員のモチベーションアップのために、労働環境改善のために、そして業績向上のために、カギになりうるのが「人事評価制度」だ。
こと働き方改革や人手不足が叫ばれるようになっている近年、中小企業経営者を中心に人事評価制度への関心は高まる一方。しかし、『9割の会社が人事評価制度で失敗する理由』(あさ出版刊)の著者、森中謙介さんは、経営者が短絡的な考えだけで人事評価制度を導入しても、うまく機能することはないという。
たとえば「人事評価制度を導入しさえすれば、社員がもっと働くのではないか。部下に自分の言うことをもっと聞かせられるのではないか」というような。
本書では、人事評価制度をどのように設計し、導入・運用すればいいのかを、よくありがちな失敗例と共に物語形式で解説していく。
東日本のある県庁所在地に3店舗のスーパーマーケットを展開し、従業員100人ほどを抱えるある中小企業は、経営状況こそ良好だったが、近くにショッピングモールができる計画があり、安穏としていられない状態だった。
そこで社長が考えついたのが社内改革であり、人事評価制度導入だ。中小企業の人事制度づくりを専門とするコンサルタントと密に連携し、コンサルタントはお仕着せの制度を提案するのではなく、社長や幹部から同社の理念や思想を聞き取り、理解して制度に反映させた。その理念も「地域に貢献し、地域とともに成長する店」としっかりしたもので、理念とひもづく社員の基本姿勢は「素直さ」「謙虚さ」「感謝心」と、こちらも立派なものだった。
会社の理念が明確になっていれば、どんな人材を評価するのかも明確になる。当然人事評価制度は作りやすい。コンサルタントはこの理念にもとづいて職務上の等級とキャリアパス、昇給の仕組みを作っていった。従業員たちも制度の導入を了解した。ここまでは理想的な展開だ。
ところが、コンサルタントは社長との連携で、社長のこんな言葉を見過ごしていた。
「頑固な職人と給料の話をしたくないんだ」
「現場の部長がオレの注意を聞いてくれない」
このスーパーマーケットは昔ながらの八百屋からスタートしたため、「専門外」の鮮魚や精肉といったエリアは専門の職人に任せていた。その職人たちへの愚痴や店舗の現場を仕切る部長への愚痴が社長の口からは漏れていたのである。
そして悪いことに、この会社には社長にモノを言える人間が誰もいなかった。だから、社長が「しっかり仕事をしないと給与が下がることもあり得る」ということで、減俸の仕組みを人事評価制度に組み込んでも誰も反対しなかった。
「社長の愚痴」からは、社長と社員との間に信頼関係が築けていないこと。そして「減俸ありの給与システム」からは、社長が人事評価制度について社員たちを自分に従わせるための「権力の武器」だと考えていることがうかがえる。
スムーズに導入されると思われた人事評価制度だったが、これらのリスク要因によって状況は一気に暗転した。人事評価制度導入の成果を急いだ社長が第一回の査定結果をすぐ給与に反映させると、昇給者がいる一方で、売り場を任される現場の部長、主任クラスに減給者が続出した。
通常、減俸の仕組みを人事コンサルタントが提案するときは、あくまで社員への「けん制」の意味で用いることを提案する。経営者がその意図を正しく理解していれば、減俸評価を乱発するようなことはまずやらない。特に、まだ人事評価制度が馴染んでいないうちに減俸評価を使えば必ず社員から反発が起き、炎上してしまうことは目に見えている。
コンサルタントも減俸制度の意味と乱用することの危険性を経営者に十分言い含めていたが、社長は暴走し、権力ツールとして使ってしまった。
当然、現場は猛反発。元々が経営者と社員に信頼関係がない会社である。売り場を任せてきたベテランの社員が退職をほのめかすと、主だった部下がそれに同調してしまう事態になった。こうなったら社長に勝ち目はない。減給を撤回して矛をおさめたが、社員の抗議に折れる形となったため、社長の威信には消しがたい傷が残ってしまった。
本心として会社をもっと良くしたい気持ちがあったのはまちがいないにしても、社長は「社員を従わせたい」という内心の思いをひそかに制度の中に忍ばせ、性急に運用した。コンサルタントは減俸システムの仕組みと目的について説明こそしていたが、そんな社長を抑えることができなかった。この失敗にはこうした要因があったと言えるだろう。人事評価制度は人を縛る鞭ではなく、権力の道具でもないのだ。
◇
本書では、このほかにも人事評価制度を導入した企業で起きた様々な失敗例と成功例が取り上げられているが、どれも実際の企業で起こりうること。そして人事評価制度自体は、組織の生産性向上や従業員のモチベーションアップに効果を発揮しうるものである。この制度を実りあるものにするかどうかは、運用する人、つまり経営者次第。自社の状況と照らし合わせながら読んでみると、新しい発見があるかもしれない。
(新刊JP編集部)
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