人口1000人ほどのポルトガルの田舎町・ガルヴェイアスにある日突然爆音が鳴り響き、巨大な物体が落ちてくる。以来、村は耐えがたい硫黄の匂いに包まれることになった。この事件の後も一見変わらないように見える村人たちの日常。その様子を、村の犬たちはじっと見つめる。
現代ポルトガル文学の代表的作家・ジョゼ・ルイス・ペイショット氏初めての邦訳作品『ガルヴェイアスの犬』(新潮社刊)の話である。ポルトガルに実在する土地を舞台に、村人たちの語りや記憶が積み重なり一つの大きな像を結ぶ。豊かで人間臭く、そしてどこか懐かしさも感じさせるこの作品について、11月に来日したペイショット氏にお話をうかがった。その後編をお届けする。(インタビュー・記事/山田洋介)
■「文学は共感からできている」
――ある閉じた土地の内部を描くというのは、フォークナーの書いた「ヨクナパトーファ・サーガ」然り、ガルシア・マルケスの「マコンド」然り、文学のある種のフォーマットでもあります。『ガルヴェイアスの犬』をフォーマットで終わらないために試したことや取り組みがありましたら教えていただきたいです。
ペイショット:今名前が挙がった二人は私にとってとても大事な作家です。
文学の膨大な歴史の中で書かれたことに対して新しい作家が何か付け加えるのはものすごく難しいことです。しかし、フォークナーもマルケスも、いずれもが「土地と自分の関わり」を書いています。それならば、私自身が実際にかかわった土地について書くことで自分以外誰も書いたことがない小説が書けると思えたんです。
もちろん文学的野心もありましたから、自分のこれまでの小説とは違うやり方に挑戦しました。小説の構造を変えて、語りを断片的なものにしようと試みています。それをやってみようと思えたのはあの二人の小説を読んできたからだと思いますね。
――たしかに、この作品の語りは断片が集まることでそれぞれのエピソードの全体像が見えてくるところがあります。
ペイショット:文学的影響のお話をもう少しすると、世界の文学と繋がろうとするとあまりにも膨大なものと対峙することになるので、私はポルトガル文学と繋がっていたいと思っています。ポルトガル文学の先人や今の作家たちと連なることで満足感を得ることができるんです。
――ポルトガル文学といえば、フェルナンド・ペソアや、ポルトガル語世界で初めてノーベル文学賞を受賞したジョゼ・サラマーゴといった名前が思い浮かびます。
ペイショット:まさに影響を受けた二人です。思春期にペソアの詩を読んだことで、私は何か自分もものを書いてみようと思い立ちました。ペソアはポルトガルにとってとても重要な人ですから、ポルトガル人の話によく出てきます。
サラマーゴからはペソアとは違う年代で強く影響を受けました。初めて書いた長編小説が2001年にサラマーゴの名を冠した文学賞を受賞したことで彼に会うことができ、2010年に亡くなるまで親しい交流を持つことができました。
彼の作品を読むことで文学的な影響を与えてもらったのはもちろん、そうした交流からも学ぶことは多かったです。サラマーゴは社会に対して意見をはっきり言う作家だったのですが、彼の姿勢を通して作家として公の場でどうふるまえばいいかを教えてもらった気がします。
そのサラマーゴもかつてガルヴェイアスのあるアレンテージョ地方のことを書いて国内に大きな反響を巻き起こしたことがあります。この地域を書いた先人たちの作品は、この作品をかくうえで頭に入れておく必要がありました。
――世界は分断に向かっているといわれる中で、時に反目し対立しながらも交じり合って暮らしているガルヴェイアスの人々は救いのようにも思えました。今の時代における文学やフィクションの役割についてお考えをお聞きしたいです。
ペイショット:すべてにスピードを求められている時代ですが、こうした中に生きていると私たちは自分自身を見つめたり一つのものについて時間をかけて大事に考えることを忘れてしまいます。そして、自分にとって大事なことについて考える場所も足りなくなっている。そのための時間と場所を与えるというのは文学の大きな役割だと思っています。
また、文学は境界やバリアとは反対のところにあるものです。なぜなら文学は共感からできていて、他人の目から見た世界を私たちに想像させてくれたり、私たちの世界とはまったく別のところに連れて行ってくれるわけですから。
――最後に、日本の読者にメッセージをお願いします。
ペイショット:この本を読んでみようという興味をもってくださった方々一人一人に深い感謝の念を抱いています。いろいろなことに想像を巡らせるのが作家というものですが、まさか自分の本が日本語に訳されて東京で取材を受けて話をするなんて思ってもみないことでした。これほどの喜びは人がそう簡単に持てるものではありません。
(インタビュー・記事/山田洋介)
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