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"ふつう"の日本人警察官が命を落とした。1993年、カンボジアとPKOの現実

  • 書名 告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実
  • 監修・編集・著者名旗手啓介
  • 出版社名講談社
  • 定価1944円(税込)
  • ISBN9784062205191

1993年5月4日、日本が初めて本格的に参加したPKO(国連平和維持活動)の地・カンボジアで、一人の日本人隊員が「正体不明の武装勢力」に襲撃され、殺された。

その隊員の名は高田晴行。年齢は33歳(当時)。職業は警察官。

専修大学を卒業し、警察官を志して地元に帰郷。カンボジアに派遣された1992年当時は岡山県警で機動隊の小隊長だった。階級は警部補(殉職後、二階級特進して警視)。

なぜ彼は、カンボジアで命を落とさねばならなかったのか。

NHK大阪局報道部のディレクター旗手啓介氏によって執筆された『告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実』(講談社刊)は、高田隊員の死を通して、国連平和維持活動の現実を私たちに突きつける。
同書は2016年8月13日に放送されたNHKスペシャル「ある文民警官の死~カンボジアPKO 23年目の告白~」(同年11月26日には、NHK BS 1で「PKO 23年目の告白」前後編で100分に再編成されて放映された)の取材をもとに、改めて書き下ろされたノンフィクションだ。

カンボジアPKOについては、国連の軍事部門に自衛隊が初めて海外派遣されたことがクローズアップされがちだが、実は"ふつうの"警察官も「文民警察官」として派遣されていた。

文民警察官とは、軍事部門でなく、文民(シビリアン)つまり、武器を持たない丸腰の警察官で、現地警察への「指導」や「監視」がその役割だった。

ではどうして、警察官が派遣されたのか?

この派遣の背景の一つには、1992年に制定されたPKO協力法がある。1991年の湾岸戦争で、多国籍軍に参加するようアメリカから強い要請があったのにもかかわらず、人を派遣せず、代わりに130億ドルもの戦費を払ったため、「小切手外交」などと国際社会から非難を浴びた日本の政府・外務省は、次のPKOでは、金銭面だけでなく「人的な面での国際貢献」することが悲願となっていたのだ。

ちょうどそのとき、長らく続いたカンボジアの内戦が終息に向けて進んでいた。1989年にはフランスのパリでカンボジア和平に関する会議が開かれ、そこに日本も出席、〝アジアの大国〟として日本はカンボジア和平に深くコミットしていくことになる。

そして1991年、パリでの国際会議でカンボジア国内四派の間で停戦合意がなされ、20年におよんだカンボジア内戦が終結。その後に展開されるPKOで「顔を見える外交」を目論む日本は、カンボジア再建の第一歩となる民主的な総選挙の実施を目指す「国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)」に、本格的に人員を派遣することを視野に入れていた。

PKO協力法の法案作成を進めていた当時、外務省条約局長だった柳井俊二氏は自衛隊の派遣を念頭としていたが、国連がPKOに文民警察部門を新たに加えていたことから、警察官の派遣も前提に法案作成を進めることになったというが、「武器を携行する自衛隊だけ送るより、文民警察、つまり(丸腰で武器を携行しない)警察官も参加するということになれば、自衛隊派遣をめぐる世論の風当たりも弱くなるのでは、という読みがあった」と見る政府関係者もいた。

自衛隊の海外派遣は違憲ではないかという声もあがったが、以下の「PKO参加五原則」と呼ばれるものを派遣の条件とし、難産の末にPKO協力法が施行された。

1、紛争当事者間の停戦合意の成立
2、紛争当事者の受け入れ同意
3、中立性の厳守
4、上記の原則が満たされない場合の撤収
5、武器の使用は必要最小限

しかし、カンボジアに日本のPKO部隊が派遣されてから間もなく、カンボジア内戦の紛争当事者の中でも、過激な勢力であるポル・ポト派が停戦違反を繰り返すようになり、五原則の一番目が崩れているのではないかという見方が強くなっていく。

■武器不携帯が原則の中で「自動小銃を現地で買った」

1992年に文民警察官としてカンボジアに派遣された、日本人警察官は75人。
旗手氏らNHK取材班はそのうちの22名へのインタビューに成功し、さらに当時、彼らが記録していた手記(日記)や、普及し始めた家庭用ホームビデオで撮影した映像などから、彼らが置かれていた状況をあぶり出す。

「取材の中で衝撃を受けたことの一つは、自動小銃を現場で購入していたという話でした。これは実はあってはならないことで、文民警察は、どの国でも武器の不携帯が原則です。自分の身を守るものは防弾チョッキだけ。ところが、隊員たちが置かれていた状況を聞くと、所持しても仕方がないと思えるほどの環境だったんです。
隊員の一人で中南部のポニアレック郡に派遣されていた脇田慶和さんは、その緊張状態から同僚だったバングラデシュの警察官に100ドル支払って、勤務を代わってもらっていたそうです。しかし、その警察官が銃撃にあい、足を負傷してしまった。脇田さんはそのことを深く反省されますが、そのくらい生死が隣り合わせの環境に日本の文民警察官が派遣されていたということです」
(旗手氏)

本書を読むと分かるが、時を追うにつれてカンボジアは、ゲリラ的な行動を活発化するポル・ポト派の反抗が激しくなり、再び激しい内戦状態になっていったことがうかがえる。

しかし、75人の隊員の母国・日本にはそうした治安情勢が不安定になっていく各地の情報はなかなか伝わらなかった。特に文民警察についてのニュースはほとんど報じられなかったという。

「派遣前に焦点となった自衛隊は、有事があってはたいへんということで、カンボジアでも治安のもっともいいタケオに駐屯することになりました。情勢がどんどん緊迫する中、自衛隊の任務や安全については報道されていましたが、文民警察についての報道はまったくといっていいくらいなかったのです。だから、家族の方々は本当に何が起きているのか分からなかったと思いますね」(旗手氏)

旗手氏らによる取材は、2015年11月頃からスタートした。きっかけは、この本の担当編集者から、日本文民警察隊の隊長だった山崎裕人氏を紹介されたことだった。山崎氏は、高田氏の非業の死、そして当時のことを清算できないままジレンマを抱えながら、手記や報告文書を保管していた。

「私は1979年の生まれなので、当時は中学3年生でした。カンボジアに派遣されていた人が亡くなられたというニュースがあったことは覚えていましたが、恥ずかしながら、どういう状況だったのか、何が起きていたのかは全く知らないままでした。
最初に山崎隊長にお会いして、報告文書を読ませていただいたのですが、表紙をめくるとすぐに『隊長失格』という文字が飛び込んできたんです。なので、なぜこの記録を公開しようと思ったのかを聞くと、自分たちの活動が歴史の中に埋もれてしまっていることに忸怩たる思いがあるとおっしゃいました。
山崎隊長は警察を退職したばかりでしたが、『ちゃんと記録を残しておかないといけない』という思いを抱いていて。また山崎さんだけでなく、75人、75通りのPKOがあるので、全国を渡り歩いて、当時参加した隊員たちのことも取材をしてくださいと言われたんです」
(旗手氏)

「75人、75通りのPKO」という言葉が表しているように、カンボジアに派遣された文民警察隊は、600名が一塊で一か所に駐屯していた自衛隊とは違い、それぞれ地方に散らばって任務にあたっていた。山崎氏は首都・プノンペンにいたし、高田隊員はアンピルというタイとの国境近い村に派遣されていた。

高田殺害事件の影響があったのか、日本に帰還したのちも、隊員同士で任務にあたっていた時のことをお互い話さなかったため、それぞれが他の隊員の様子を詳しく知ることはなかった。

「最終的には22人の方にお話をうかがうことができました。ただ、まだ現職の方が3分の2くらいいらっしゃるので、なかなか難しいところがあって、オフレコなら、とお話をしてくれた人もいましたね。
取材を通して分かったことですが、皆さんのほとんどが、本当に当時のことを誰にも話していなかったんです。家族や同僚にも。でも、振り返りたくない記憶だけど、いつかは振り返らないといけないとは感じていて、いつかしゃべらないといけないものであり、それが今のタイミングなのかもしれないというのはあったと思います」
(旗手氏)

■高田隊員の死を23年間ずっと引き摺っていた

高田隊員と同じアンピル班の班長であり、本書のもう一人の「キーマン」ともいえる元神奈川県警の川野邊寛氏(事件当時・警部)は、初めて面会をしたときに「1時間、2時間では話しきれないことだ」と述べたという。

なにを話して、どこまで自分の中に閉じ込めておくべきか。口を開いて話したところで、本当のことが伝わるのだろうか? 理解してもらえるのか? いや、わかってもらえないだろう......そんな逡巡を何度も繰り返した。そうやって沈黙の時間は、降り積もり、隊員たちに「23年の時間の重み」がのしかかる。迷いを振り切って話すということは、相当な覚悟が必要だったろう。

「高田さんの事件は、1人の隊員が亡くなっただけという話ではないんです。全ての関係者が23年間ずっとそれを引き摺っています。山崎隊長、川野邊さん、ご遺族の方々、そして全ての隊員。彼らはずっとその事実を抱えて生きてきたんです」(旗手氏)

それぞれの胸の中に残り続けるカンボジアでの体験。旗手氏は取材を通して、隊員たちが背負ってしまった苦しみを知る。

「もしかしたら自分が死んでいたのかもしれない、という思いは共通して持たれています。特に川野邊さんをはじめとしたアンピル班隊員の方々は、もしかしたら、自分が死んでいれば高田さんは助かったかもしれない、あのときこうすれば、ああすれば、高田さんは死ななかったのではないかという後悔や自責の念など、他の班の方々とは少し違うものを抱えているように感じました」(旗手氏)

そして、1993年5月4日事件は起きる。
事件現場となるアンピル地区に日本人隊員は全部で9名赴任していた。うち5人はアンピル村に、残りの4人は、アンピルから国道691号線で20キロメール隔てたフォンクーという集落に配置されていた。アンピルにいた高田隊員、班長の川野邉氏、八木一春氏、鈴木宣明氏、谷口栄三郎氏の5人が、警護するオランダ海兵隊の軍用車両を先頭に、インドの地雷処理チームなどと車列を組んでアンピルからフォンクーへ出発、その帰路を襲われる。

「日本隊は、車列の2番目と3番目、2台に分かれて乗車して、アンピルに戻る途中に襲撃されました。八木さんは高田隊員と同じ2番目の車両に乗っていましたし、川野邊さんは本来、高田さんの隣に座るはずでしたが、たまたまその後ろの車両に乗ることになった。そして、谷口さん、鈴木さんも含めて全員が負傷をしていますが、命は助かった。でも高田さんは亡くなった。アンピル班の方々は死がすごく近いところにあるんです。
川野邊さんは当時の光景がフラッシュバックするとおっしゃっていました。なぜ自分はあの時ああいう判断をしてしまったのか、その想いをずっと抱えていらっしゃっています」
(旗手氏)

■高田隊員を殺した「正体不明の武装勢力」とは?

カンボジア各地に散った日本人隊員たちが書いていた日記によれば、ロケット砲や迫撃砲の音、機関銃の音、照明弾の光などが記録されているほか、ゲリラによる襲撃が激しくなる中で、動揺が深まっていく様子がうかがえる。これが当時のカンボジアの現実だ。アンピル付近の襲撃事件は特別なものではなく、常に身近に「戦闘」があった。

こうした状況を、遠く離れた隊員同士で報告し合うことも難しい環境にあった。インターネットやメールといった手段がない時代、連絡手段はパラボラアンテナがついた大型の衛星電話だったが、日本人隊員が赴任した全ての場所に配置されていたわけではなかったというのだから驚きだ。

「今回取材を通して改めて警察官のすごさを実感しました。彼らの中には、もともと公安、警備畑の人たちも多く含まれていたんですね。だから、情報の取り方が上手なんです。現地についたら、まず協力者を探す。これは本には書いていませんが、市場にいた元ポル・ポト派の人間をつかまえて、定期的に日本製の栄養ドリンクを渡しながら状況を聞いていた隊員もいました。またアンピル班の川野邊さんたちはポル・ポト派のニック・ボン准将と接触していますが、そういう話はいくつか聞きました。情報を独自のルートで仕入れて、襲撃をあらかじめ予測していたというのは驚きでしたね」(旗手氏)

総選挙が近づくにつれ、カンボジア全土で治安は悪化していき、各地で「戦闘行為」などが起きるたびに、日本政府は「停戦合意」は崩れていないと発表を繰り返す。国連要員が襲撃されても、犯行は「正体不明の武装勢力」と発表されるばかり。

そして、1993年4月8日、国連ボランティアとして現地で活動していた日本人・中田厚仁氏が殺害される。犯人はいまもなお不明のままだ。その約一か月後の5月4日、5人の日本の文民警察隊らが襲撃され、高田隊員が殺害される。その犯行もまた「正体不明の武装勢力」とされ、いまもなお政府による事件の究明・検証はなにもおこなわれていない。

23年前のカンボジアでなにがおきていたか、隊員も語らず、誰も追及、検証してこなかったのはなぜなのか。日本が初めて本格的に参加した、PKO(国連平和維持活動)の現場でいったいどんな状況だったのか――旗手氏らNHKの取材班 は、文民警察隊員たちや、当時官房長官だった河野洋平氏や外務省の柳内俊二氏ら政府要人のキーパーソンに取材を進めていく。

高田隊員はいったい誰に殺されたのか。
その真実を元ポル・ポト派で現在は政府軍の司令官となっているニック・ボン氏に直接聞くため、川野邊氏がNHK取材班とともにカンボジアに赴く。
本インタビュー後編では、旗手氏に、ひきつづきお話を伺う。

(後編は3月29日配信予定)

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