能力開発や人材育成は、個人にとっても組織にとっても関心のあるテーマだろう。
自分の能力やスキルを伸ばせば人生の可能性は高まり、スタッフの育成は企業の業績に直結する。しかし、私たちはしばしば伸び悩み、企業は人材育成に失敗する。
この原因はどんなところにあるのか。『成人発達理論による能力の成長』(日本能率協会マネジメントセンター刊)の著者であり、オランダ・フローニンゲン大学で知性発達科学を研究する加藤洋平さんにお話をうかがった。今回はその後編をお届けする。(新刊JP編集部)
■一流企業で流行する「マインドフルネス」の問題点
――どんな能力を伸ばすのにも土台となるのが「思考の深さ」であり「認識力」です。これらを鍛えるためのトレーニングとしてどんなものがありますか?
加藤:これは3つあると考えています。 一つは、教育哲学者のジョン・デューイが指摘している「ラーニング・バイ・ドゥーイング」、つまり普段の仕事における課題の解決などを通して実践的に鍛える取り組みです。
もう一つは、「ラーニング・バイ・ティーチング」です。これは、自分が学んだことを人に教えることです。教えることで、言語化能力は鍛えられますし、それまで自覚していなかった新しい気づきを得ることに繋がります。
最後に「ラーニング・バイ・ライティング」です。書くことは現代社会でないがしろにされがちなのですが、考えたことを書き留めておくことは、思考を深めるうえで非常に大切です。公開するかしないかにかかわらず、書く癖をつけ、日々の経験を自分の言葉で書き留めていくと、常に新しい発見があるのではないかと思います。
これら三つを包括的に実践していけば、深い思考力と認識力が徐々に養われていくでしょう。
――組織で働いていると、どうしても自分より能力の高い人間や、自分より成果を出す人間への嫉妬など、マイナスの感情を持ってしまうことがあります。こうした感情は自分の成長を阻害する要因のように思えて、自己嫌悪に陥りがちですが、こうした感情の捉え方について教えていただきたいです。
加藤:そうしたマイナスの感情が生み出される背後には、心理学の専門用語でいうところの「シャドウ(影)」が存在しています。しかし、これは誰しもが持っているもので、それ自体に問題はありません。大事なのはそうした感情に飲まれないことです。
誰かに嫉妬している時は、何に対して嫉妬しているのかを冷静に考えていただきたいです。単純に他者比較で嫉妬していることもあれば、過去の自分に嫉妬していることもあるはずです。
同じ嫉妬でも、両者の性質はまったく違うわけで、当然その感情への対処も違います。こうしたことを把握するためにも、マイナスの感情と健全な距離をとって付き合うことが重要になります。
さらにいうならば、マイナスの感情というのは成長の糧であり、どんな能力であれ、プラスの感情だけでは私たちは成長できないんです。正と負という対極の感情と向き合うことが、成長を促すことにつながるというのは知っておいていただきたいです。
――自分の感情を客観視するということでいうと、近年マインドフルネスが注目を集めていますが、本の中でマインドフルネスの問題点についても指摘されていましたね。
加藤:マインドフルネスの実践方法は「今、この瞬間に起きていることにフォーカスする」ということです。自分の中に負の感情が起こっているのなら、その感情にまずは着目してみる。
これ自体はいいのですが、マインドフルネスの本質は「いかに日々の生活をより深く生きていくか」、つまり人生の「質」の向上にあります。しかし、世の中に目を移すと、深く生きるというよりも、仕事を生産的に進めようとか、より大量の仕事を進めようとか、どうにも発想が量的になってしまっているのではないでしょうか。つまり、マインドフルネスの本質から外れた取り組みが、現在の日本社会の中で広まっているように感じます。
あくまでも、マインドフルネスの本質は、毎日をより「深く」生きることにあるのであって、決して毎日をより「多く」生きることではありません。その点を絶えず念頭に置きながら、マインドフルネスの実践を通じて、私たち一人一人が社会に深く関与することが大事になると考えています。
――目標に向かって努力を重ねている人のなかには、思うように力がつかなかったり、成果が出ないことに悩む人も多いはずです。こうした人にアドバイスをするならどんなことを言いたいですか?
加藤:仮に今能力が伸び悩んでいるのであれば、それは本当に幸運なことだと思います。というのも、私たちの能力の成長には、停滞がつきものであり、停滞は成長に不可欠だからです。
ある能力が飛躍的に伸びる時というのは、その前には長い停滞期間を伴います。そのため、能力が伸びていないことに悩む必要はなく、今続けている勉強なり訓練なりをやめないことが大切です。
停滞は飛躍のための土台であり、飛躍の前兆だと思って、前向きに捉えていただければと思います。
――最後に、伸び悩む部下を持つマネジメント層の方々にもアドバイスをいただきたいです。
加藤:成長というのは遅い方が当たり前で、部下の能力が伸び悩んでいるというのは自然なことです。ですから、部下が伸びないことを上司が思い悩む必要はなく、部下の成長につながるような課題と支援を絶えず与え、適切な言葉がけをすることを続けていただきたいです。
(新刊JP編集部)
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