メディアでも話題になる防衛省の月刊広報誌『MAMOR』(扶桑社刊)が2017年1月発売の3月号で創刊10周年を迎えた。
表紙はタレントの稲村亜美さんが飾り、「見事に咲きましょ、自衛隊同期の桜」と「同期」の存在にスポットを当てた特集が組まれている。
自衛隊らしい堅さが見えつつも、自衛隊のことをまったく知らない一般の読者でも楽しめる誌面構成は読みどころ。例えば「自衛隊同期あるある」は「あるある」そのものには共感しにくいが、その突き抜け感に笑ってしまう。
官公庁の広報誌なのに攻めまくっている『MAMOR』。その編集長である高久裕さんは「個人的には炎上もあり」だという。話題を作り出す編集の技とは?
(新刊JP編集部/金井元貴)
■「広報は話題になってナンボ。炎上もありだと思っています」
――これまでお話をうかがっていて、高久編集長は一般誌と同じ感覚で作りたいとおっしゃっていました。防衛省・自衛隊の広報誌としての意識はどのくらい持たれているのですか?
高久:それは100%ですよ。自衛隊のことを知ってもらうということがこの『MAMOR』の基本コンセプトですし、編集ポリシーでもありますからね。
ようするに表現の仕方をどうするかなんです。広報する内容は変わらないけれど、どう表現するかはそれぞれ違うじゃないですか。その部分は僕らも毎号頭を痛めていますよ(笑)。
どれだけ立派な記事を作ったとしても、人は面白くないと読まない。特に広報誌は読まれないと意味ないでしょう? だから、こちらはなるべく柔らかく作るんです。そこに防衛省側からチェックが入り、「この表現は再考願えませんか?」ということもある。僕らとしては「そのタイトルでは誰もこの雑誌を買いませんよ」と。そこは毎回せめぎあいですね。
――防衛省のチェックもかなり厳しそうですね。
高久:広報誌に間違いがあってはいけないからね。公表できないこともたくさんあるわけです。例えば潜水艦の中で撮影をしても、写っちゃいけないものが結構あるので、もう厳しいですよ。
女性モデルのグラビアなんかも「このポーズはそぐわない」と言われることもありますから(笑)。
――そういうチェックもあるわけですね。
高久:もちろん。「読者に買って、読んでもらうことが大切ですから」と説得して通してもらうこともありますけどね。
こういう形の広報は、売れるかどうかなんですよね。僕らは民間企業だから売ってナンボですが、その結果、売れればたくさんの人がこの広報誌を読んで、自衛隊への理解につながるわけですから。
これだけの出版不況で雑誌が売れないと言われている中で、『MAMOR』は安定して売れています。そういう中で読んでもらうためには面白いものを作らないといけないんです。
――広報誌でも、売るための努力をしないといけないわけですね。
高久:それはどの雑誌もそうですよね。
――ただ、「防衛省のオフィシャル雑誌」という以上、一般企業以上に炎上のリスクがあると思います。やり過ぎると「これはなんなんだ」と。
高久:それは気を使いますよね。言い回しや漢字の使い方一つで媒体の思想が出てくるものですから、細かくチェックしています。
ただ、僕個人は広報という視点で考えたときに、計算された上での炎上はありだと思っているんです。広報に悪い広報はないんですよ。週刊誌で書かれて有名になるってこともありますから。
世間で騒がれるっていうのは、一種の広報です。もちろん、誰かを傷つけてしまうのはNGですが、話題になってナンボじゃないですか。
――『MAMOR』をそういう発想で作られているのは意外です。
高久:世の中、無料で記事や情報が読めるじゃないですか。そういう状態でお金払ってもらって読んでもらうためには、常に新しいことをやっていかないと難しいんです。
自衛隊の広報もさすがに10年やるとネタがなくなってきます(笑)。でも同じ企画は絶対にやりませんし、同じテーマであっても別の視点から見てみるなど、常に工夫しています。
以前から水着を誌面に載せたいと言っていて、防衛省からは「必然性があれば」という回答をもらっているのですが、まあ「必然性」はなかなかないですね(笑)。
――でも、官公庁の広報誌の中で『MAMOR』のように攻めた企画をどんどん出している事例は知りません。そういう意味では、本誌は広報について身をもって教えてくれているのかなと思います。
高久:公務員は、当たり前ですが「売る」という概念を持っていないんですよね。広報はとにかく情報を出すことが大事だと思っているけれど、僕たちは『MAMOR』を売らないといけない。でも、つまらないものは買われないわけだから、売るために面白い広報誌を作らないといけないわけです。その部分は根本的に違います。
だから地方自治体でも、面白いPR動画とかどんどん作っているじゃないですか。ああいう方法はいいと思いますよね。
――工夫をしている自治体はしっかり工夫していますよね。では、突き抜ける企画を考える上で気を付けていることはなんですか?
高久:バランス感覚でしょう。面白ければ何をやってもいいわけではないですから。そこに勘違いしてしまうと、取り返しのつかないことになってしまいます。
■10周年記念創刊号「同期の桜」というタイトルは悩んだ
――10周年記念号となった『MAMOR』2017年3月号が発売中です。表紙には「見事に咲きましょ、自衛隊同期の桜」というタイトルが書かれています。これはどのような特集なのでしょうか。
高久:防衛庁から防衛省になって10年ということと、『MAMOR』が創刊10年ということで同期なんですよね。
また、自衛官の同期の絆は僕たち一般人の同期とは比較にならないくらい強いんです。それは命を預け合う関係だからです。彼らは入隊する時に、国民を守るために命を懸けます、と宣誓していますし、任務遂行のために、かなり厳しい訓練を積みます。
そのときに助けになるのが、同期の存在です。励まし合う同期がいてこそ、自分がある。その強い絆を誌面で出したかったというのがあり、「同期」をテーマに特集を作りました。
ただ、「同期の桜」というタイトルは最後まで悩みました。軍歌で有名だから、「同期の桜」から戦争を連想する人もいるだろうな、と。でも、内容を読んでもらえば、理解いただけるかな、と。反響がないのが一番辛いんですよ。
――今回の表紙は「神スイング」で知られる稲村亜美さんですが、毎回表紙を飾る女性タレントの選定ポイントを教えていただけますか?
高久:単純にファンが多い方ですね。この方たちを連れて基地や駐屯地に連れていくと、珍しいのもあって喜んで写メを撮って、自分のブログで載せるんですね。すると、何万といるこの方たちのファンが『MAMOR』という雑誌があることを知るわけです。
そこから書店でこの『MAMOR』を見つけて読んでみて、意外と面白いからまた読んでみようかなとなる。こういうサイクルが生まれていて、「自衛隊にまったく興味がなかったけれど面白かったので次も買います」というメールも届いています。PRとしては最高の効果ですよね。
――実は撮影の際にもかなり細部までこだわっていらっしゃるとか。名札も特注ですよね。
高久:そうなんですよ。この方の年齢ならこの階級が正しいとちゃんと考えて用意します。。細かいところまでこだわる読者もいらっしゃいますから(笑)。
――1月25日からは渋谷駅や新宿駅、東京駅、大手町駅など、都内と大阪各駅にB0サイズの約60枚のポスターが貼られています。
高久:自衛隊の広報誌なので、『MAMOR』の表紙やロゴは小さくして(笑)自衛官たちをメインにしました。
――ものすごい迫力ですよね。
高久:この写真はEXILEをはじめ、多くの著名人を撮影している近藤誠司さんという写真家に頼んで、自衛隊の頼もしさ、荒々しさ、かっこ良さを表現してもらいました。こういう自衛隊の特大ポスターが駅に貼られるのはあまりないことなので、話題になるといいんですけどね。
――最後に、これからの『MAMOR』の編集方針について教えて下さい。
高久:攻撃的にやっていきたいです。「防衛省の広報誌」という概念を打ち破りながら、たくさんの人に読んでもらって、結果、防衛省・自衛隊を理解してもらえる誌面にしていくことが仕事だと思うので、これからも『MAMOR』(守る)を攻めていきたいですね(笑)。
(了)
月刊誌『MAMOR』編集長の高久裕さん