芸能人にしても、経営者にしても、「二世」には何かと「親の七光り」という言葉がつきまとう。こうした世間からの冷やかな視線をはねのけ、「●●の子ども」という看板の力を借りずに、その世界でのし上がっていく人がいる一方、プレッシャーや誘惑に押し潰され姿を消す人も少なくない。
特に企業経営の世界には「初代が創業して二代目で傾き三代目が潰す」という言葉があるほど、親の事業を継いで発展させていくのは難しいことなのだ。
『先代を超える「2代目社長」の101のルール』(明日香出版社/刊)の著者である長井正樹さんはこの例えでいうと「三代目」だが、事業承継の「苦しさ」を存分に味わいながらも、見事に事業を発展させている。長井さんがこの体験で味わった、事業承継の「苦しみ」と「喜び」はどんなことだったのだろうか。今回はインタビューの後編をお送りする。
――前回のインタビューで出てきた「古参のスタッフの方のサポートもあって、父と和解できた」というエピソードが印象的でした。
長井: これは象徴的な出来事でしたが、古参スタッフにはいつも助けられています。ただ、そういった周囲の支えに気づくことができるまでに、会社を継いで4、5年はかかったと思います。
――つまり、その4、5年の間にご自身のなかで変化があったということですか。
長井:そうですね。それ以前の私は、何かと見栄を張って、「俺はすごいんだぞ」と周囲にアピールしてばかりいました。それだけ、まわりに「すごい」と思われたかったんでしょう。ただ、それは裏を返せば、自分で自分ことを「すごくない」と分かっている証拠でもあります。そんな状態だと当然視野も狭いですから、周囲の支えに気づけるはずもありません。
語弊のある言い方かもしれませんが、やはり何かを成し遂げた先代に比べて、二代目、三代目というのは「すごくない」んですよ。そのことを受け入れるのに5年ほどかかったということです。
――何かきっかけがあって、そのことを受け入れられるようになったのですか。
長井:きっかけというよりは、時間が経つなかで少しずつ自分の等身大の実力を受け入れていったという感覚が強いですね。あえてひとつターニングポイントを挙げるとすれば、事業承継をして3年が過ぎたころ、妻から「あなたはいつもピリピリしている。だから私は心が休まらないし、幸せじゃない!」と言われたことです。
当時の私は、父から会社を継いで以来がむしゃらにがんばっていましたし、「がんばれば、答えは出るもの」だと思っていた。でも妻から突然そんなことを言われて、「がんばっても、答えが出ないこともある」と突きつけられたんです。自分としては「歩くべき道がなくなった」という感覚で、精神的にかなりつらかった。そうなると、すべてが悪い方向へ向かい出すといいますか、会社にも家庭にもどんどん居場所がなくなっていったんです。
会社へ行くとスタッフから「あの若い社長が調子に乗っている」と冷ややかな目で見られているように感じたり、妻とも家庭内別居のような状態になってしまったり……。なので、オフィスにあまり人のいない早朝や夕方に会社へ行き、その他の時間帯は喫茶店へ行って時間をつぶしたり、家で過ごしたりすることが多かったですね。
当時、私は30代前半だったのですが、初めて「自分はどうやって生きていったらいいのか」「働くとは、どういうことなのか」といったことを真剣に考えました。このことがきっかけで、自分が少しずつ変わっていき、色々なものを受け入れられるようになっていったんだと思います。
――そうした変化を積み重ね、集大成としてお父様との和解があったということでしょうか。和解する以前の長井さんは「父を越えたい」という思いが強かったとお話されていましたが。
長井:そうですね。そのことは常に頭の片隅にあったと思います。そして、先代と和解しないまま承継した事業を経営している状態はきわめて危険です。たとえば、よくあるのが「親父ができなかったことをやりたいから」といった動機で新規事業を始めてしまうことです。こういう動機で始めた事業なりサービスはたいてい失敗します。恥ずかしながら、私もかつてそういう失敗をしたことがありました。
もちろん、「後継者が新規事業をやる」ということが100パーセント悪いという話ではありません。問題は「どういう動機で、それをやっているか」ということなんです。社員やお客さんは、実に敏感にこの点を感じ取りますからね。
――最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。
長井:私たちは「夫婦とは」「仕事とは」といった具合に、両親から価値観を受け継いで生きていくものです。後継者の場合、そこに「会社経営とは」というものが乗っかってくる。
当然、そのなかには責任の重さといいますか、ある種の「呪い」のようなものも含まれるでしょう。私のケースで言えば、会社の経営権譲渡の条件として、父への退職金1億5000万円を払うことになり、借金を背負わざるを得ませんでした。ただ一方で、これだけの額の借金を背負ったからこそ自分を奮い立たせるができたとも言えます。もし借金がなかったら、途中で投げ出してしまっていたかもしれません。
つまり、自分のこれまでの体験を振り返って思うのは、「何かを背負うからこそ味わえる喜び」のようなものがあるんじゃないかということです。本書を通じて、そういうことを感じていただけたらうれしいですね。
(了)
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