衆議院議員であり、ジャーナリストとして活躍する井戸まさえさんが著したノンフィクション『無戸籍の日本人』(集英社/刊)は、これまであまりスポットライトのあたらなかった“無戸籍者たち”に光をあてた一冊である。
無戸籍者とは戸籍を持っていない人のことで、日本では推定で一万人以上いるといわれている。戸籍がないということは、例えば、教育や福祉の公的サービスを受ける際に支障をきたすこともあるということだ。
井戸さんは自身の子どもが無戸籍児になってしまったことをきっかけにその問題に目を向け、現在は支援活動を行っている。彼女がその“現場”で見つめてきたこととは? インタビュー後半をお伝えする。
(新刊JP編集部)
◇ ◇ ◇
―井戸さんはご自身のご経験から、市民団体の代表や政治家として民法772条の改正を訴え続けていらっしゃいます。民法第772条が持つ問題点について教えて下さい。
井戸:民法772条は全ての日本人が生まれて初めて出会う法律です。しかし1800年代後半、血液型すら発見されていなかった今から約130年前の常識の中で決まった父親を定めるルールです。
当時から医学も科学も飛躍的に進歩し、また私たちの生き方も多様なものとなっています。
にもかかわらず、相変わらず19世紀のルールのままで、21世紀の私たちは生きざるを得ない。これは立法府、政治の怠慢と言われても仕方がないと思います。
少なくとも、今となっては全く根拠のない民法772条2項の条文「離婚後300日」「婚姻後200日」を廃止することはもちろんですが、ともかくまずは法律の規定によって生まれた子どもをはじめから排除するようことがないようにしなければなりません。
――本書は無戸籍者たちの証言だけでなく、その要因の一つになっている民法第772条が政治の現場でどのように議論されているのかを克明に描いている点でも非常に重要な一冊だと思います。これは井戸さんにしか書けない内容だと思いますが、無戸籍者たちが自身の人生を語るというストレートなノンフィクションの中に、政治の現場でのやりとりを収めることは、一冊の本を作るという意味でとても挑戦的だと感じました。この政治の現場で起きたことをこの本の中に入れた(別の本にしなかった)理由を教えて下さい。
井戸:開高健ノンフィクション賞に応募をすると言った段階で、政治的な話は書かない方が良いと言われました。私個人の政治的プロパガンダだと思われるのは損だから、と。
もちろん私も逡巡しました。しかし、そこを書かなければノンフィクションではなくなってしまうのではないか、また赤裸々に苦しいことも語ってくれた無戸籍者やその家族たちにも、私が保身に走っては申し訳ないと思い、踏み込むことにしました。
ただ本が書店に並び、感想が寄せられるようになると、最も印象に残った場面のひとつに「政治の場で起きたこと」をあげられる方が多くて、驚いています。
――無戸籍者の問題は今後も続いていくと思いますが、この問題において国民が注視すべきことはなんだと思いますか?
井戸:立法府の動きですよね。
この法律は日本人を、そして「家族」をも規定する国にとっては根幹部分でもある。それは逆に言えば全ての日本人にとって基本中の基本の根幹なのです。
だからこそ変えられない。だからこそ変えなければならない。
誰がどう動くかも含めて、注視してもらいたいと思います。
――本書をどのような人に読んでほしいとお考えですか?
井戸:声をあげることもできず、今もひとりで悩んでいる無戸籍当事者の方はもちろん、「戸籍はあって当たり前」だと思っている方々にも。
これは誰かの問題ではなく、誰にでも起こる問題、つまりは自分の問題なのだと思ってもらえたらばうれしいです。
――このインタビューの読者の皆さんにメッセージをお願いします。
井戸:「無戸籍の日本人」の存在は、この国が抱えているさまざまな社会問題とつながっています。なぜ解決がつかないのかを一緒に考えていただけたら。
政治的な攻防や無戸籍当事者の境遇は驚きの連続で、現実に起こっていることとは思えず「小説を読んでいるみたいだ」と言う感想もいただきました。でも、これが真実です。今、日本に起こっている「リアル」なんです。
また一方、我妻榮先生をはじめ、明治・昭和とこの国の民法を作りあげてきた人々とその思いの強さも含めて知っていただけたらと思います。
(了)
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