メールやラインよりも、手書きのメッセージカードや手紙の方が、相手の気持ちがこもっていてうれしいもの。手書きの文字には人の心をほぐす力がある。
そんな手書き文字をよりユニークな形で発信している人が、自ら「文字職人」を名乗り、文字の力で人を勇気づけている杉浦誠司さんだ。
杉浦さんは、警察官の家に生まれながらも、大学卒業後フラフラと転職を繰り返し、外資系保険会社のプルデンシャルへ入社した。トップともなれば、年収が億を超えると噂される同社で、堂々のトップセールスマンとなる。人も羨む世界の住人となった彼は、その後、仲間と共に起業。だが、会社はあえなく倒産し、収入も仲間も失う。そんな日々を送ってきた杉浦さんは、なぜ前例のない文字職人という道を選んだのか。そして、彼が忘れられないというある女子高校生との出会いとは――。
■文字職人という道を選んだのは、自分がどん底だったから
僕は、小学生のころにひどいイジメも受けたし、まったく自分に自信のない人間でした。
それが、たまたま入ったプルデンシャルでトップセールスマンになって、勘違いしてしまったんです。あのころの僕を思うと、ぶん殴ってやりたいですね(笑)。見栄だけで外車に乗り、数十万円の服を着て高級ブランドの時計をつけて。妻には、「あなた、おかしい」と言われてましたが、「お前にはわからん世界だ。上り詰めるためには、必要なんだ」なんて答えていましたね
調子に乗って自分の会社を立ち上げたのはいいけれど、あっというまに潰れました。
束の間支えてくれた仲間も去り、収入もゼロ。幸いにも借金は数百万程度で済みましたが、看護士だった妻の収入に頼らざるを得ません。情けなくて、どうすれば羽振りのいい頃に戻れるのかばかり考え、絶望的な日々を過ごしてました。
でも、落ちるところまで落ちて、見えてきたのは、自分がどれだけ意味のないことをしてきたのかということです。見栄を張るに生きるむなしさ、人の上に立つことも大金を稼ぐことも、人間が本当に大切にするべき愛情や信頼みたいなものを失ってまでやることじゃないなとわかったんです。
そのときです。奥さんが「やっと元に戻ったね」とポツっと呟きました。その瞬間、初めて彼女の前で泣きました。体や心に沁みついていた毒を洗い流すような大号泣です。
金遣いが荒くても、八つ当たりしても、妻は僕のことを信じていてくれていた。そのことがうれしかったです。
■見栄や金はいらない。たった一言で人生は劇的に変わる
でも、相変わらず収入がないですから、何か仕事をしなければいけません。でも、自分がやりたいことも、どんな仕事なら人の役に立てるのかもわかりませんでした。どこへも進めず、焦っていました。そんなときです。急に夢の中にひとつの文字が浮かんだんです。それが、「夢 ありがとう」です。ひらがなで、漢字をつくる、それまで考えてもいなかった文字がふっと頭に浮かびました。
僕自身、前途不明な毎日でしたから、「夢 ありがとう」の文字に勇気づけられました。
そこから、なんとか文字や言葉で人の助けになることはできないか、と悩みました。文字職人なんて前例のない仕事で家族を養っていける気はしませんでしたから。
でも、本当に自分がやってみたいことなら、世の中の役に立てる可能性が少しでもあるなら、と家族の応援もあって一歩を踏み出しました。
それから、「あなたに文字を贈ります。お代はお気持ちで」と札を立てて、路上に出ました。
最初のうちは、お客さんが来ても文字が思いつかず、収入も1日百円。こんなことしててええんやろか?と思ってましたね。
でも、日本全国歩いていくうちに、あることに気がついたんです。
僕みたいな何者かわからん人間に、文字を書いてもらいたい、と思う人は何か人生で辛いことがあったり、長年苦しんでいる悩みがあったりします。中には、文字を見せただけで号泣された方もいます。そのときに贈った文字が、偶然にもお亡くなりになった旦那さんが大切にしていた言葉だったからです。
他にも難病と闘う少年、夢を持てないと悩む男性……。
元気がなかったり、落ち込んでいる人に会ったとき、僕は心をこめて「夢 ありがとう」を書かせてもらっています。僕自身がそうだったように、たった一言が人生は変わる、救われると信じているからです。
■両親の不仲に悩む少女へおくった言葉
九州を一周して、路上パフォーマンスをしていたとき、最後に訪れた福岡で女子高生が僕の前に立ちました。いわく「会話が生まれる文字」「会話が弾む文字」を書いてほしいと。彼女は、「お父さんとお母さんの仲がすごく悪いんです。ケンカはしないけど、口を利かず、お互いを無視しています。そんな夫婦寂しいですよね? そんな姿をいつも見せられるから、悲しくて。だから、お父さんとお母さんに会話が生まれる文字を書いてほしいんです」と言いました
お父さんとお母さんが大好きなんだと、すごく伝わってきました。彼女は真剣でした。
今は仲が悪くて会話がない夫婦。でも二人は出逢って、心が通いあったからこそ、彼女は生まれてきました。そんなことを考えているとひとつの文字が浮かんできました。
「かようこころ(通う心)」というひらがなで書いた「逢」という字です。
彼女は、嬉しそうに家の玄関に飾ると言ってくれました。両親に「この文字なんて書いてあるか、わかる?」と聞けば、きっと会話が生まれると喜んでくれました。
その後、彼女に会っていないので、家族がどうなったかはわかりません。でも、彼女の願いがかなった確信しています。僕の文字がきっかけにならなかったとしても、彼女の言葉は、絶対に両親には届くはずですから。
(編集後記)
杉浦さんは、これまで700校以上の小学校を周り講演をしてきたという。その中で、子どもたちへ伝えるのは、夢を持つことの大切さだ。人生にはたくさん、苦しかったり、辛いことがある。でも、夢があれば、毎日が変わりはじめる。大きな夢じゃなくていい、一日や一週間で叶う夢を持ってもいい。毎日を一生懸命生きるために、自分に負けず頑張ってほしいと伝えるそうだ。そんな杉浦さんが出版した本『負けないで 心がスッと軽くなることば――』には、彼が日本全国を周り、出会った感動エピソード、勇気が出る言葉が詰まっている。人生につまづきそうなとき、悩んでいるときに杉浦さんの言葉は活力を与えてくれることだろう。
・写真をすべて見る(http://www.sinkan.jp/news/index_6250.html)
(新刊JP編集部)
関連記事
・
仏教の荒行に今も残る「切腹の掟」は自殺教唆にあたるのか?・
ささいなことで怒らない「心」の作り方・
成功者が必ずやっている「苦手な人」克服法とは?・
「あいつよりましだ」は思考停止のはじまり「かようこころ」というメッセージが込められた「逢」の文字