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戦時の小説家が行っていた「戦争協力」とは?

 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第72回の今回は、新刊『鬼神の如く―黒田叛臣伝―』(新潮社/刊)を刊行した葉室麟さんが登場してくださいました。
 この作品で葉室さんが書いたのは、「仙台騒動」「加賀騒動」と並ぶ江戸時代の「日本三大騒動」の一つである「黒田騒動」。
 福岡藩の重臣であった栗山大膳が、主君の黒田忠之を訴えたことで知られるこの騒動ですが、その内実は単純ではありません。当時の江戸幕府や長崎奉行、近隣の藩など、様々な人々の思惑と社会情勢が絡み合うなか、大膳はなぜ主君を告発しなければならなかったのでしょうか?
 今回は葉室さんにこの作品の成り立ちや当時の時代背景、そして「歴史」をひも解くことの意味など、さまざまなテーマについて語っていただきました。

■戦前生まれの作家にとって「戦争」は大きなテーマだった。
――歴史から物語を作り上げていくために、どんなことを大事にされていますか?

葉室:自分ではよくわからないのですが、僕は昔新聞記者をやっていて、取材によって得た事実を積み重ねて真実に迫るということを仕事にしていました。でも、事実というのはいくら積み重ねても「真実」には至らないんだなと思わされることがたびたびあって、実は事実ではなくむしろフィクション的なことを重ね合わせた時に、「真実」に到達できるんじゃないかということを考えるようになったんです。
よく「虚実皮膜の間を縫う」と言いますが、史実にどれだけフィクションを重ねられるかということはいつも心がけています。

――何か具体的な経験があって、そういった考え方に変わっていったのでしょうか。

葉室:具体的に何かあったというわけではないのですが、新聞記者の仕事というのは、物事の表面に出てきていることを、ある意味並べるしかないわけです。
たとえば、政治にいろいろな動きがあったとして、それをどんなに調べたところで当事者の心の中まではわかりませんよね。そういう意味での限界は感じていました。

――直木賞を受賞した『蜩ノ記』をはじめ、歴史を題材に様々な作品を発表されている葉室さんですが、歴史小説を専門に書かれる理由を教えていただけますか?

葉室:司馬遼太郎さんの読者の世代ですから、司馬さんの作品を通して歴史の面白さを昔から感じていたというのが一つあります。ただ、今は日本人の歴史認識のところに考えがいきますね。
個人的には、日本人の歴史認識は、太平洋戦争の終戦からストップしているように思っています。歴史というのはほとんどの場合、戦いや争い事に「勝った側」が前の世代を規定する形で定められていくわけです。だけど、日本の場合は戦争に負けたので、国内に歴史を定めるべき「勝者」はいません。それもあって「日本の歴史はこうだ」と日本人としての共通の位置づけがされにくくなっている気がしています。だから、いわゆる近現代史的な太平洋戦争についての認識だけではなくて、もっと長いタームでの歴史認識が日本人には必要なんじゃないかという考えもあります。

――古くから様々な方が歴史を題材に小説を書いています。それぞれの個性というのはどのようなところに表れるのでしょうか。

葉室:現代の作家さんについては本当に人それぞれとしか言いようがないのですが、僕らの先輩の司馬さんだとか藤沢周平さんのような戦争を経験されている世代の方々が書く歴史小説というのは、僕らが書いているものとはまた違った意味合いがあるのかもしれません。
たとえば司馬さんは昭和の戦争に兵士として行っていましたから、その経験は何だったのだろうかということをずっと問いかけていて、おそらく当時の若い自分への回答として小説を書かれていたんだと思います。
吉川英治さんにしても、戦争についての考え方は戦中と戦後では違っていたはずです。
『黒田如水』は戦時中に書かれた作品なんですけど、兵庫の有岡城に囚われていた如水が戸板に乗せられて担ぎ出される場面があります。その時の如水は体がボロボロで、そんな状態でも織田信長の前に出て、「これはすべて国の礎になればいいんです」という話をする。これって、当時戦っていた戦争で捕虜になった兵隊の「模範解答」だったとも取れますよね。
戦前生まれの作家って多かれ少なかれ「戦争協力」せざるを得なかった、これはある意味当然のことだと思います。吉川さんについて言えば『新書太閤記』で豊臣秀吉を書いているのですが、「小牧・長久手の戦い」が終わったあたりでフッと終わっていきます。何が起きたかというと、そこで日本が戦争に負けたんです。

――終戦によって先が書けなくなってしまった。

葉室:そして、戦後になって書き始めたのが『平家物語』だったのですが、これは国が滅びていく物語で、言ってみれば「滅びの美学」のようなものがある。そこに戦後に小説を書いていく活路を見出したんだと思います。
こうした大先達の方々のことを考えると、皆「自分自身は一体何なのか?」という問いかけの下に小説を書いていたと思います。だからというか、僕らもそういう問いかけを持ちながら歴史小説を書くべきなんじゃないかと思いますね。

――今のお話を踏まえると、葉室さんも含めて戦後生まれの作家の方のほうが自由に歴史小説を書けるのではないですか?

葉室:本当の意味では自由に書けると思います。戦争が終わるまでの日本の歴史観や国家的な価値観というのは明治以降に作られたものですよね。江戸時代が終わって明治になって、そこからは簡単に言えばヨーロッパみたいになりたくてあらゆるものを人工的に作ってきた。そういう時代を通してできあがってきた国家観が敗戦によって崩壊したわけです。
ただ、崩壊したといっても、戦前の人はたくさん生き残っていましたよね。総理大臣になる吉田茂もそうです。岸信介なんて満州の高級官僚でしたから。そういうところで戦前の価値観というのは敗戦後も保存されていましたから、自由だったかというとそうではなかったです。
僕らが歴史に関して多少なりとも自由に考えられるようになったのは、平成になってからでしょうね。昭和天皇がご存命なのに、戦時中や戦前のことを「歴史」として語れるかといったら語れないでしょう。それは単に「戦争責任」の話ではなくて、もっと別の様々な意味からいってもそうです。

(第3回 50代になってから歴史小説を書き始めた理由 につづく)

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