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死人の出ない歴史ドラマ「黒田騒動」の謎

 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第72回の今回は、新刊『鬼神の如く―黒田叛臣伝―』(新潮社/刊)を刊行した葉室麟さんが登場してくださいました。
 この作品で葉室さんが書いたのは、「仙台騒動」「加賀騒動」と並ぶ江戸時代の「日本三大騒動」の一つである「黒田騒動」。
 福岡藩の重臣であった栗山大膳が、主君の黒田忠之を訴えたことで知られるこの騒動ですが、その内実は単純ではありません。当時の江戸幕府や長崎奉行、近隣の藩など、様々な人々の思惑と社会情勢が絡み合うなか、大膳はなぜ主君を告発しなければならなかったのでしょうか?
 今回は葉室さんにこの作品の成り立ちや当時の時代背景、そして「歴史」をひも解くことの意味など、さまざまなテーマについて語っていただきました。

■直木賞作家が描く「黒田騒動」の新たな一面
――葉室さんの新刊『鬼神の如く―黒田叛臣伝―』では、元和9年(1623年)から10年ほど続いた「黒田騒動」が、当時福岡藩の家臣だった栗山大膳を中心に書かれています。まず、葉室さんが小説の題材として「黒田騒動」を選んだ理由からお聞かせ願えますか?

葉室:僕は以前に「週刊新潮」で、『橘花抄』という小説を連載していたのですが、これは今回の小説に出てくる福岡藩主・黒田忠之の子どもの黒田光之の時代の話で、地元の福岡では「第二の黒田騒動」と呼ばれているお家騒動を題材にしています。
それを書いていた頃から、いつか本筋の方の「黒田騒動」も書いてみたいとは思っていました。というのも、「黒田騒動」は日本の「三大お家騒動」の一つに挙げられているのですが、一風変わった騒動で、死人が一人も出ていないんですよ。

――言われてみると、作中でも確かにそうですね。

葉室:家臣と主君の確執が元になった騒動で、当時の江戸幕府が調べたりもするのですが、その裁定は「黒田家の領地は没収、でも即日返します」というよくわからないものでした。
主君を訴えて騒動を起こした張本人である栗山大膳も、東北の藩に流されはしたものの、罪人扱いではなく、それなりに優遇されて大威張りで暮らしていたとも伝えられています。だから、「めでたしめでたし」で誰も悲劇的な目には遭っていない。それがずっと不思議だったんです。
そんなこともあって、『橘花抄』を書いた後にまた資料を読み返しながら考えていたら、「黒田騒動」単体を見たら誰も死んでいないけれども、少し視野を広げると、竹中妥女正(たけなかうねのしょう)という人のことが見えてきました。
この竹中妥女正という人は、長崎奉行をやっていたような人なのですが、在職中に手酷くキリシタンを弾圧していたこともあって、後の島原の乱にもつながっています。栗山大膳はこの人に対して主君を訴え、それを彼が幕府に取り次いだことで「黒田騒動」は広がっていったのですが、その竹中がちょうど騒動が起きている時期に密貿易の疑いで告発され、結局切腹させられているんです。そして、ほどなくして竹中家も潰れてしまった。
つまり、「黒田騒動」の関係者の中で、訴えを受けた「検事」役だった竹中だけが死んだわけで、彼も含めて書くことで「黒田騒動」の別の面が見えるのではないかと思ったんです。

――死人が出ないのもそうですが、いわゆる「切った張った」の場面も少ないですね。

葉室:そうなんです。だから、ドラマとしてみると分かりにくいのですが、同時に「謎」の多い騒動でもあります。
黒田騒動とほぼ同時期に同じ九州の加藤家が江戸幕府に改易(大名や旗本から身分を剥奪し、領地や城を没収すること)させられていましたし、その前には安芸広島藩主だった福島正則も、大大名の地位から転落していました。
この加藤家と福島家、そして黒田家には共通点があって、いずれも豊臣秀吉子飼いの大名だったということで、徳川体制になると「外様大名」として幕府から警戒される存在でした。
そんな流れの中で福島が潰れ、加藤が潰れ、「黒田騒動」が起こったわけですから、これは徳川幕府からしたら黒田家を潰す絶好のチャンスだったはずなんです。
しかし、幕府は「昔の功績があるから」という理由で、先ほどお話ししたような妙に温情的な採決をした。この時に何が起こってこういう採決になったのかが謎なんです。
「黒田騒動」以後の歴史の流れを見ても、すぐに島原の乱が起こっています。これは徳川体制になって最初の内乱ですから大変な事態で、そこに黒田は出兵せざるを得ませんでした。それらを考えても、この本で書いた筋立ては実際に起きていたことに近いんじゃないかと思います。

――「黒田騒動」の謎の部分をフィクションで埋めた、ということですね。

葉室:そうです。書き方としては若干トリッキーだなと思いますが、トリッキーなフィクションを重ねないと、「歴史の真実」のような部分はなかなか見えてきません。この本で書いたことがまったくの事実かどうかはわかりませんが、これに類した何かが起きていたんじゃないかと思っています。

――戦や戦闘の場面が少ない分、緊張感のある心理戦が物語の軸になっています。

葉室:江戸幕府と、潰されかけている外様の大名家ですから、実際にも心理戦的な駆け引きは当然あったでしょうね。
「黒田騒動」については地元では「栗山大膳忠臣説」っていうのが昔からあるんですよ。要するに、大膳がその身を呈して主君に反省を促した、と。でも、いくら反省を促すといっても、自分の主君を訴えるというのは一種の内部告発ですから、やり方が荒っぽすぎますよね(笑)。本当に藩が潰れてもおかしくない。現に隣の藩の加藤家が潰れたばかりなのに、同じようなことをやって「これは主君に反省を促すためだ」というのは、現実味が薄いと思いますが、彼が大胆にも主君を訴えた狙いは何だったのかという点は、やはり興味をそそります

――その栗山大膳は、この作品の中では飄々としつつも非常な策略家として書かれています。こうした人物像はどのように作り上げていったのでしょうか?

葉室:純粋に言えば、私の好みですね(笑)。こういう男がいいなという。
これまでにも、「黒田騒動」や栗山大膳を書いた小説はいくつかあって、たとえば海音寺潮五郎さんが『列藩騒動録』で書いた大膳は、多少衒学的というか、主君の黒田忠之に対して頭ごなしに説教をするような人物で、典型的な口やかましい重臣です。なおかつ、ちょっと傲慢な感じのする人だということを言っていたりする。
実際の大膳も多少そういうところがあったんじゃないかと思っています。というのも、東北に流されてからも、ちょっとした会話の中で「それは間違っている。こうするべきなんだ」と自説を主張して、そこでも説教をしている。どこまでも懲りない人なんですね。
ただ、そういった人物像をそのまま書くと、ただ嫌な感じの人になってしまうので、口やかましくて威張っていると言われるけども、実際は全体のことを考えていて、そのためなら自分を犠牲にすることをいとわない、人から理解されなくても構わないという、「腹をくくっている大人の男」として書きました。

――宮本武蔵や天草四郎といった歴史上の「有名人」も登場しますね。特に宮本武蔵が出てくることには驚いたのですが、調べてみると実際に「黒田騒動」から「島原の乱」のかけての流れに関係しています。

葉室:そうですね。宮本武蔵は島原の乱の「原城攻め」に関わっていたのですが、そこで足首を挫いたという逸話が伝わっていてちょっと格好悪い(笑)。夢想権之助と戦ったというのも、あくまで伝説ですが言われていることです。
(第2回 「戦前生まれの作家にとって「戦争」は大きなテーマだった。」につづく )

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