職場でも学校でも、今の主流は“ホメて伸ばす”こと。
しかし、ホメるだけでは人は育たないということを、現場の実感として持っている管理者や指導者は多いのではないでしょうか。
特に会社では、部下を指導している上司の立場として、部下を叱らなければならない場面がどうしても出てきてしまうのですが、部下のやる気を削がない形で「叱る」のは、「ホメる」よりずっと難しいことです。
では、部下を成長させ、厳しく叱っても部下に愛される上司の叱り方とは、一体どのようなものなのか。
『ビシッと言っても部下がついてくるできる上司の叱り方』(PHPエディターズ・グループ/刊、PHP研究所/発売)の著者、嶋田有孝さんにお話を伺ってみました。
―部下がやってしまったことに対して、つい感情的に怒ってしまう上司もいます。こういった、頭に血が上ってしまうタイプの上司は、どのようなことを心がけて部下の指導にあたるべきですか?
嶋田「すぐに感情的にならないために、大切な心がけがあります。それは、「必ずできるはずだ」という前提で部下を見ないことです。
例えば、プロ野球の監督は、チャンスに三振した選手を怒鳴るでしょうか?内心少し腹を立てるかもしれませんが、感情的になって「なぜ三振したんだ」などと怒鳴りつけることはないはずです。なぜなら、その選手の打率がわかっているからです。
「彼の打率は二割五分だ。打てない確率の方が高い」と事前に理解している。過剰な期待をしていないから、三振しても「ドンマイ」と励ますことができるのです。
これは、職場においても同じです。
部下の力を正しく見つめましょう。「時にはできないこともある」と思って部下と接すれば、感情が爆発することは、激減するのです」
―部下に慕われる上司の条件とはどのようなものだとお考えですか?
嶋田「上司が部下に慕われるためには、三つの条件が必要です。
一つ目は、「やさしい上司」になることです。やさしいということは、相手を思いやることで、甘やかすことではありません。だから、厳しく叱ることもやさしさの一種です。真のやさしさを持つことが、慕われる上司になるための第一の条件です。
二つ目は、「ぶれない上司」になることです。考え方や意見がコロコロ変わるようでは、部下と信頼関係を築くことはできません。自分なりの軸を持ち、「この人は、ぶれない」と思われることが、第二の条件です。
三つ目は、「強い上司」になることです。上司は、その責任を部下に押し付けるような行動をしてはいけません。皆が嫌がること、部下だけではできないことこそ、自分で引き受けましょう。「困難な時に先頭に立てる強さを持つこと」これが第三の条件です」
―特に若手を中心に、叱られることに対してデリケートな人もいます。そういう人にはどのように接し、指導していけばいいのでしょうか。
嶋田「確かに最近、叱られることにデリケートな人が増えています。なぜそうなってしまうかというと、正しく叱られた経験が少ないからです。
しかし、「デリケートだから叱らない」というのは間違いです。段階を踏んで、少しずつ叱られることへのアレルギーを無くしていきましょう。
最初に、叱る意味をしっかり理解させます。
「叱ることは、ダメだしではない。成長のためのきっかけである」と教えておくのです。
次に、相手を否定せず、肯定的に叱ることを心掛けましょう。
「君はここがダメだ」と叱らず、「君はここを直せば良くなるんだ」と叱る。幾つかのコツを守って、肯定的に叱れば、相手はすっと受け入れるのです。
そして、最も大切なことは、叱ることを彼らの成功体験にしてあげることです。
「叱られて、反省して、改善した」または、「叱られた後、改善しようと努力している」
これを決して見逃してはいけません。そのタイミングで、すかさずほめるのです。
「叱られることがきっかけとなって成長した」と実感させること、叱られることを成功体験にしてあげることが大切なのです。このような段階を踏めば、相手が若手社員でも必ずうまく叱ることができます」
―嶋田さんが若手の頃、影響を受けた上司はいましたか?
嶋田「私は、二十代で会長秘書になりました。この人からとても大きな影響を受けています。会長は、とても厳しい人でした。大げさでなく、毎日平均一時間以上は、デスクの横に立たされ、叱られていました。正直に言うと、辞めようと思ったことは何度もありますが、辞めずに頑張ることができたのは、その叱り方に愛情があったからです。「お前なんて辞めてしまえ」とボロボロに叱られた夜は、必ず食事に誘われました。そして、お酒を飲みながら、「お前なら必ずできる。この会社を自分のものだと思ってやってみろ」と励まされるのです。「何だ、この資料は、徹夜してでも明日までにやり直せ」と言われ、フラフラになりながらやり上げ、翌日自宅に帰ったら、スッポン鍋のセットが届いていたこともありました。叱り方が、厳しいけれども、温かかった。愛情と期待を感じるから、どれだけ厳しく叱られても我慢できたのです。
この上司のやり方は、あきらかに前近代的です。今の時代にそのまま通用するとは思いません。しかし、仕事をする上で、あるいは生きていく上で大切なことをたくさん教えてもらいました」
―嶋田さんはこれまでに、長い間上司として部下の育成に関わってこられたかと思いますが、特に印象的な成功談・失敗談を教えていただければと思います。
嶋田「育て方を誤り、あやうく部下をつぶしてしまいそうになった例を一つご紹介します。
私が、営業部長だったとき、新卒が一人配属されました。彼は、とても明るい青年で、お客様との対話力もあり、営業センスは抜群でした。しかし、事務作業をさせてみると、さっぱりです。書類作成をすると、いつもミスだらけの書類を作ってしまいます。私は、弱点を克服させるために、事務作業をできるだけたくさん与え、ミスを見つけだしては、厳しく叱りました。毎日叱られてばかりの彼は、どんどん落ち込み、やがて得意だったお客様との対話もうまくできなくなってしまいました。私が、正しい育て方ができなかったため、最も大切な自信まで失わせてしまったのです。
当時の私のように、部下の苦手な仕事ばかりを与え、叱り続けてはいけません。
それは、部下をつぶしてしまう行為なのです」
―上司や管理者として、部下の育成をされている方々にメッセージをお願いします。
嶋田「部下の育成は、よく「盆栽」に例えられます。ほめることは、水や肥料を与えることです。これがなければ、成長できず、盆栽はやがて枯れてしまいます。
一方、叱ることは、伸びすぎた枝葉を切り、きれいに整えることです。これによって、盆栽はより美しい姿に仕上がります。ほめるばかりだと、部下は好き放題に伸びて、正しく成長できなくなります。叱るばかりだと、逆に萎縮してしまい、伸びなくなってしまいます。ほめることと叱ることをバランスよく行うことが、大切なのです。
「叱るのは苦手だ」と感じている人は、たくさんいます。しかし、叱り方を体系的に学べば、必ずうまく叱れるようになります。ぜひ叱り方を積極的に学び、職場で実践してみてください。皆さんのご活躍を心よりお祈りします」
(新刊JP編集部)
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