ビジネス業界に敏感な人間であれば「ライフネット生命保険」という企業名を聞いたことがない人は少ないだろう。日本国内としては実に74年ぶりに設立された"独立系生命保険会社"である。
メインの設立者はハーバード・ビジネス・スクールの卒業生で元ボストン・コンサルティングの岩瀬大輔氏(代表取締役社長兼COO)、そして日本生命に勤務し、新たな保険の形が必要だという強い信念の元に起業した出口治明氏(代表取締役会長兼CEO)。若き気鋭の起業家・岩瀬氏と経験と知識が豊富な出口氏の異色ともいえるタッグは成功に向けて突き進んでいる。
『すべてが見えてくる飛躍の法則』(アスペクト/刊)の著者である石原明さんの対談連載、第二回となる今回は、出口治明氏をお迎えして行われた。
石原さんが本書で提唱している"人称"とは、「人称」とは発話の話し手、聞き手、第三者を区別するためのものだが、ここでは「人称」をビジネスに役立てるために新たに解釈。一人称は「自分目線」、二人称は「相手目線」、三人称は「まわり目線」、四人称は「マーケット目線」というように、ビジネスにおける「視野の広さ×時間軸」の尺度として捉えている。
出口氏はどうして幅広い視点を持つことができるのか。石原さんが深く切り込んでいく。(以下敬称略)
■経営やビジネスは「数字、ファクト、ロジック」が全て
石原「出口さんは若い岩瀬さんとライフネット生命保険という会社を立ち上げましたが、そういうときも第三者の視点って必要だと思いますね」
出口「実はね、ライフネットのマニフェストは、僕と岩瀬がまだ社員がいないときに徹底的に話し合って、プロのコピーライターの方にもそれを聞いてもらって、書き出したものなんです。自分たちでは見えない部分もたくさんあると思うので、僕たちの想いを第三者に黙って聞いてもらって、整理してもらったんですよ。
例えば、自分の声を録音して聞くと、耳に聞こえている声と全く違いますよね」
石原「あれはかなりショックを受けますよね(笑)」
出口「そうなんですよ。僕は、人間の中で一番分からないのは自分だと思っていますから(笑)。また、ビジネスは数字、ファクト、ロジックで考えろとひたすら言い続けていますけど、それは第三者に近い視点かも知れませんね」
石原「僕はコンサルタントとして、いろいろな会社に行って、現場レベルからマネジメントやトップの方まで関わるんですけど、役職者によって人称の高さもかなり変わってくるんですよ!
一人称は自分が頑張っているけれど、相手からどう見られているのかは分からない。二人称は自分がしていることが相手からどう見られているのか分かった上でしている。そして、その様子を客観的に見ている人たちはどう見るのか、これが三人称なのですが、このくらいから、今度は時間の長さというのも出てきます」
出口「なるほど。空間軸と時間軸、両方ありますよね。僕は広く普通の人が分かるためには、数字、ファクト、ロジックに尽きると思うんですよ。自分の想いというのは、近くにいる人には伝わりやすいかもしれませんが、特にビジネスでそれを伝える場合は、数字に直さないといけません。
僕自身、世界を見たり、ビジネスで成功するためには、数字、ファクト、ロジックが一番大事だと思っていますし、どの国の言葉でも通じるものが一番伝わると思います」
石原「ただ、それに気づかずに、もっと目線を上げろとか、視野を広く持ちなさいと言ってしまうんですよね」
出口「そこなんですよね! それじゃ分からないのに」
石原「三人称は範囲と時間に相手が加わります。チームメンバーなどですね。さらに、課長になったら四人称になるんですが、今度は、お客さんまでカバーすることになるのですが、これからお客さんになる人のことも考えないといけません。企業規模がもう少し大きなって五人称になると、今度はお客さん以外の方々についても考えないといけない。自分の会社をどう見ているのか、とか」
出口「でも、その三人称や四人称、五人称というのは価値観の違いで、同じ次元かも知れませんよ。どんな言語でも、一人称、二人称、三人称です」
石原「私が言っている人称は、認知心理学を元にしたものなんですよ。人称が高くなるにつれて、何年後、何十年後、そして死んだ先と、どこを判断基準において企業を考えるべきか変わってくるんです」
出口「僕は歴史がすごく好きなのですが、歴史に親しんでいる指導者は基本的に100年、200年、300年と続いていることを想像します。あとは10年先を見る人と、50年先を見る人、それぞれ違ってくるんですよね」
石原「そうなんですよね。その部分を数字で表現できたら伝えやすいなあと思ったので、この本を書いたんです」
■客観性は他人の意見に触れて養われる
石原「出口さんが広い視野を持ったのはいつ頃だったんですか?」
出口「よく覚えていないのですが、僕は小学生の頃から本が大好きで、中学生の頃は歴史上のいろんな人物に憧れていましたね。彼らを見て、短期的には上手くいくことと、中長期で上手いくことは別だなということを学びました」
石原「出口さんがいろいろなところで情報を発信されているのを見て、視野がすごく広くて、お仕事を通して真正面から大きいところを変えようとされていて、相当な覚悟がなければできないことだろうと思っていました。今、出口さんはすごく柔らかい表情をされているので、その背景にあるものなんだろうと聞きたいです!」
出口「人間は人や本、旅からしか学べないと思っています。僕の場合は本から受けた影響が圧倒的に大きいです。知識や考えの6、7割は本から得て、あとの3、4割はいろんな人にお会いしたり、世界中を旅していたら、こんな風になりました(笑)」
石原「おそらく、小さな頃から普通じゃないと言われたと思うのですが、だいたい何歳の頃に、自分は他の人たちと違うなと思いましたか?」
出口「自分は、というよりは人間は全員それぞれ違うと思っていました。だいたい高校の頃にはそう考えていましたね。顔も、形も、考え方も違いますし」
石原「その中で、自分はもっと違うなあと思ったことは?」
出口「自分だけが違うとは思いませんでしたね。僕は中学校のときに陸上競技をしていたのですが、いくら努力しても100メートル12秒の壁を越えることができなかったんです。努力してもできないことがあるし、一方でラクラクと11秒台を出す人もいる。人間はそれぞれ取り柄が違っていて、全員違うなと思っていましたから」
石原「それをこじつけていってしまえば、陸上をしていて彼らは速い、自分は遅いと感じると、どうしても自分の方に意識がいっちゃいませんか?」
出口「そういうときも、やはりみんな得意、不得意があって、才能も違います。僕は12秒フラットまではいけるけれど、そこから先はだめでした。生まれ持った能力も違うし、みんな違うものだと思っていました」
石原「でも、それって普通あまり思わないことですよね。僕ならば自分に意識が向いちゃって、あいつは速いなと思って終わりそうです。それぞれに天分があると思えるというのは...やはり読書量なのでしょうか」
出口「そうかもしれませんね」
石原「客観性というのは、なるべく他人の意見に触れることで養われていくんですよね。これまでに何冊くらい本を読まれてきたのですか?」
出口「数えたことがないですね。ただ、今はベンチャー企業を立ち上げて忙しい毎日なのでそこまで読めてはいないんですよ、昔は暇だったので(笑)、年に2、300冊は読んでいたと思います。さらにそれは10歳の頃から続けてきました」
石原「本にのめりこむきっかけはなんだったのですか?」
出口「私が子どもの頃は、家の前が山で、天気が良ければカブトムシやトンボを捕りに行ったり、フナを釣りに行ったりとか、雨が降ったら本を読むとか、そういった生活だったんです。
そんなある日、確か幼稚園の頃だったかな、太陽はすごく熱くて重そうなのになんで落ちてこないだろうと思って親に聞いたんです。そうしたら、『なぜだろうなぜかしら』という本を買ってくれて、それを読んだらなんとなく答えが書いてあったんですよ。いろんなことが分かるし、楽しいという思ったところから本が好きになりました」
石原「あー、なるほど。じゃあ分からないとき周囲の人に相談したりして。ご両親は大変だったのではないでしょうか?」
出口「そうですね。でも、これも個性で、4つ下の弟は本を全然読まないんですよ。僕は、本は読むけれど、テレビは見ない。弟は、本は読まないけれどテレビは大好きなんです。だからそういうところからも一人一人違うことが分かりましたね」
石原「ただ、本を買うお金をやり繰りするのも大変だったと思います。子ども時代はどんな風に本を手に入れていたのですか?」
出口「学校の図書館に行っていましたね」
石原「もしかして図書館にあった本、ぜんぶ制覇しました?」
出口「そうですね、おそらく中学校の図書館にあった本は全部読んだんじゃないですかね」
石原「で、読み終わったら、もっと大きい図書館に行くのですか?」
出口「最初は面白い作品を読んでいき、それから順番に読んでいない本を読み進めていく感じです。今考えると、本当に読書が好きだったんだと思いますね」
(後半へ)
■『すべてが見えてくる飛躍の法則』の全貌が分かる!「人称.jp」
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