出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
第51回目の今回は、新刊『キアズマ』(新潮社/刊)を刊行した近藤史恵さんです。
『キアズマ』は人気シリーズ、「サクリファイス」シリーズの最新刊ですが、これまでの作品とは違い、舞台は大学の自転車部。作風も変わり、近藤作品の新しい魅力を感じることができます。
この変化も含めて、『キアズマ』はどのように書きあげられたのか。近藤さんにお話を伺いました。最終回の今回は「サクリファイス」シリーズの今後について。一体どのような展開が待っているのでしょうか。
■「スポーツものを書くとは思っていなかった」
―ミステリ作家というイメージが強い近藤さんですが、実際はかなり幅広いジャンルの作品を書かれています。ご自身の作家としてのルーツはどのあたりにあるとお考えですか?
近藤「小説を書くようになったきっかけは、高校3年生から大学生くらいの時に盛り上がっていた新本格ミステリを読んで、自分でも書きたいと思ったことです。真実がわかった時に世界が一転するような感じが好きで、当時は夢中になって読みましたね。
『凍える島』のトリックとかお話の構造が思い浮かんだ時に、そのままにしておくのはもったいなくて、形にしてみよう思ったのが直接のきっかけだと思います。もちろんそれでデビューできるとは考えていませんでしたけど。
読む方についてはファンタジーっぽいものとか耽美的なものが好きだったりします。読者として好きなものと自分が書いているものには乖離がありますね」
―今おっしゃったデビュー作の『凍える島』はミステリでしたが、そこから徐々に作品の幅が広がっていきました。
近藤「そうですね。正直に言うと、ミステリはあまり向いていないんじゃないかと思うことがあって(笑)
きっちり論理立てて謎を解いていくのは結構難しくて、そこにこだわりすぎると不自然さが生まれますし、書くものも広がりません。そういうミステリの不自然さも愛してはいるんですけど、そこだけ浮いてしまうのは小説としてどうなのかな、というのもありました。それで、ミステリ的な仕掛けを残しつつ、ミステリ仕立てではないものを書いていきたいと思うようになったんですけど、スポーツものを書くなんて当時は考えていませんでした。
このシリーズで言うと、『サクリファイス』はミステリですし、『エデン』もそういう要素が多かったのですが、『キアズマ』はほとんどミステリ色がないですね」
―デビューしたのが24歳と、かなり若いうちから作家として活動されてきた近藤さんですが、小説家になってよかったと思うことはどんなことですか?
近藤「人間関係に煩わされることが少ないことと、朝が遅くても誰にも怒られないことですかね…。毎日顔を合わせる人がいないっていうのは、私はすごくありがたいんです」
―毎日同じ場所に通って、同じ人に会うというのが苦手なんですね。
近藤「あまり得意じゃないですね。会社で働いた経験は1年ちょっとなんですけど、人間関係で結構ストレスが溜まったりしていたので、一人で仕事する方が向いているなと思います」
―反対に、作家になって辛いことがあれば教えていただければと思います。
近藤「誰も助けてくれないことです(笑) 孤独だなと思うこともありますし、常に作品が評価の対象になる仕事なので、読者の方が本当に満足できるものが書けているのかというのも気になります。ただ、読者の方からの感想って見ないようにしてもしんどいし、見てしまうとそれもしんどいんですよ」
―いい感想であっても見るのが辛いんですか?
近藤「褒められたら褒められたで“いやいや、そんなにいいものじゃない”と申し訳ないような気持ちになってしまったりするので(笑) 読んでよかったと思える感想もあるんですけど、ちょっと苦手ですね」
―近藤さんの作品はネット上でも評価が高いものが多いですが…。
近藤「そんな中でも“星1つ”とかつける方がいるじゃないですか。性格なのかもしれないですけど、褒められたことよりも、そういうものの方が頭に残ってしまうんですよね。なのでもう見ないようにしようかなと思っています。でも、お会いした時に感想を言ってくださるのはうれしいですよ」
―ご多忙かと思いますが、読書の時間というのは取れていますか?
近藤「良くないとは思っているんですけど、だいぶ減ってしまっています。何十年も生きられるわけじゃないし、もう少し仕事のペースを落として本を読みたいなと思うんですけどね。
―子どもの頃から今までずっと好きな本というのはありますか?
近藤「食いしん坊なので食べ物がおいしそうな本が好きでしたね。絵本の『フランシスシリーズ』に『ジャムつきパンとフランシス』っていうのがあるんですけど、食べ物がすごくおいしそうなんですよ。アナグマのフランシスが好き嫌いをして、ジャムつきパンしか食べないってわがままを言うんですけど、お母さんが他のものを食べさせるためにおいしそうな料理をたくさん作るっていうお話です。
あとは、今年何十年かぶりに続編が出た、加古里子さんの『からすのパンやさん』も好きでした。今も思い出すのはそういったものですね。
母が保育士だったので、保育園から本を借りてきてくれたりしたんですよ。私は本を読んでいたらおとなしかったので。家にある本の他にも、保育園から持って帰ってきてくれた本を読んで返してということをしていたので、色々な本に触れる機会はありました」
―おすすめの本がありましたら、3冊ほどご紹介いただければと思います。
近藤「マルジャン・サトラピっていう、フランスのバンデシネ(漫画)作家の『ペルセポリス』かな。サトラピはイラン出身で、フランスに留学してそのままフランスに移り住んで書いている方なんですけど、イランということで政治的な問題があったりイスラム教の価値観があったりするなかでも、ロックが好きだったり西洋文化も受け入れています。自分と同年代という共感もありつつ、自分とまったく違う環境にいるということでおもしろい存在です。
もう一冊はネレ・ノイハウスの『深い疵』。これはミステリなんですけど、エンターテイメントとしてすばらしかったです。ドイツの作家さんの作品なんですけど、本国でも売れたみたいで、日本語訳も次々とされています。最近翻訳本を読めなかったんですけど、これは夢中になって読みました。
最後はスペンサー・クインの『チェット、大丈夫か?』です。これは探偵と犬がコンビで事件を解決していくお話で、犬の視点で書かれているんですよ。そういう小説自体はこれまでにもあったと思うんですけど、大事な話を聞いている時に落ちているハンバーガーを見つけてそっちに気を取られてしまったりとか、あまり長いこと物事を憶えていられないとか、より犬っぽい(笑)愛犬家の人が書いているんですけど、私も犬が大好きなので読んでしまいますね」
―「サクリファイス」シリーズの今後について、可能な範囲でお聞かせ願えますか?
近藤「プロのロードレースチームの話をもう一本書いてみようかなと思っています。ただ、その後どうするかは決めてないですね。ミステリにするかはわからないですけど、何か謎があったほうが物語の吸引力は強くなるかなとは思っています。
『キアズマ』は、櫻井の過去とかラストの形は決めつつ、謎は特に作らなかったんです。そうしたら際限なく書いてしまって、どこで終わらせていいかわからないというのがあったので、謎を作って書いた方が小説としてまとまりがいいのかもしれません」
―最後に読者の方々にメッセージをお願いします。
近藤「私は大長編は書かないのですが、ショートトリップのような形で短い時間でも、日常と違う世界に行って楽しんでいただければうれしいです」
■取材後記
都内某喫茶店にて、新刊『キアズマ』やロードレースの魅力についてユーモラスに語ってくださった近藤さんでした。
自転車ロードレースという、多くの人にとって未知の競技を扱いながらも、読者にレースを追体験させ、登場人物たちに感情移入させずにはおかない本書。ぜひ手にとって、近藤さんのいう「ショートトリップ」に浸ってみてください。
(取材・記事/山田洋介)
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