ここ20年間に起きた日本経済の停滞を示す「失われた20年」という言葉は、すっかり定着してしまっている感がある。グローバル化や構造転換の波に乗り遅れ、大企業も疲弊している。
こうした背景を受けて、弁護士の大西正一郎氏と産業再生機構の松岡真宏氏の2人は、一社でも多くの日本企業がやる気と元気、そして成長力と収益力を取り戻して欲しいという願いからコンサルティング会社、フロンティア・マネジメントを2007年に設立、企業の支援活動を行っている。
そんな二人が執筆した『ジャッジメントイノベーション』(ダイヤモンド社/刊)では、あの有名な大企業の再生事例をピックアップしており、「大企業も安心ではない」という言葉を実感できる。
■カネボウの事業再生の現場とは?
カネボウは1887年に綿商社として創立。今では化粧品の会社としてよく知られているだろう。そんなカネボウの大きな転換点となったのが1968年の当時の社長による「ペンタゴン経営」、いわゆる多角化路線の打ち出しであった。
この路線変更がグループ全体の競争力を失わせることになる。化粧品事業は1970年代から80年代にかけて急速に売上を伸ばしていき、その効果が見られたもの、繊維などの赤字続きの事業をテコ入れするためにその資金が吸い取られてしまい、さらに、成長性が高い化粧品事業への再投資が図られにくくなるといった問題が生じた。
さらに、カネボウ経営陣は過剰債務状態を隠すために、バブル崩壊以降に幾度も粉飾決算を繰り返した結果、2003年9月の時点で629億円もの債務超過を抱えてしまう。
そこで登場するのが、松岡氏がかつて在籍していた産業再生機構だ。2004年3月に支援することを決定、5月には化粧品部門を分離させ、株式会社カネボウ化粧品を設立。その後、2006年には花王に売却する。
そして問題の本体だが、見極めの結果、再生可能性があるとし、繊維事業のすべてを切り離す。さらに、ガバナンスの修復を図り、経営体制の刷新、社内組織体制の見直し、過剰人員の削減なども行ったという。そして再生の目途が立った時点で投資ファンドに売却、現在はホーユーの完全子会社となった。
著者たちはこのカネボウの再生について、以下の2つのポイントを挙げている。
(1)化粧品事業部門切り出しのスキーム選択
(2)消費財系事業を存続、産業財系から撤退させる
経営の本質とは意思決定である。そして、著者たちは本書で意思決定を4つのパターンに分類する。「標準的意思決定」「比較的意思決定」「混合的意思決定」「国際的意思決定」である。
ポイント(1)の場合はこの4つのうちの「混合的意思決定」、つまり最終的に数値化できない要素を含む意思決定を迫られたという。それは「リスク」だ。会社分割にするにせよ、営業譲渡にするにせよ、発生するリスクがある。そのうちどちらが回避可能か、ということを念頭に置いたという。
続いて(2)は、「混合的意思決定」「比較意思決定」(数値化できる複数の知識・ノウハウ・意見の比較)「国際的意思決定」(グローバルビジネスによる意思決定)の3つを求められたという。「混合的意思決定」で天秤にかけられたのは、具体的な数値(損失額)と、金額に換算しにくい企業の将来性だ。また、「比較意思決定」では、営業譲渡で得られる利益と、損害賠償で求められた場合の損失の比較、そして「国際的意思決定」では、カネボウ本体は海外にも多数の子会社を抱えており、現地の法律を順守することが求められたことがつづられている。
本書では大西氏と松岡氏の二人によって、事業再生や経営支援のための「意思決定の現場」が幾つものケーススタディを通して説明されている。
どんな企業も、いつ先が真っ暗になるかは分からない。その中でいかに意思決定を下していくかということが、経営陣に求められている。しかし、主観的になればなるほど私情を挟んでしまうなど、その意思決定にブレが生じることがある。そこで、本書では外部の視点から見た客観的な戦略策定の重要性を指摘している。
経営のプロの仕事とはどういうものなのか、垣間見ることができる一冊だ。
(新刊JP編集部)
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