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シニア層の消費意欲を新たな経済成長のエンジンに

 経済再生を掲げて第2次安倍内閣がまもなく発足する。大胆な金融緩和によってデフレからの脱却を目指すが、それですべての問題が片付く訳ではない。人数の多い団塊の世代が本格的に高齢者の仲間入りをする超高齢社会・日本にとってこれからが正念場と言える。
 高齢者の増加に伴う社会保障費の増大が、将来不安を増長するなか、こうした「高齢化」をむしろビジネスチャンスに変えようという動きが広がりつつある。市場も企業活動もシニア層にターゲットを移す「シニアシフト」の時代がやってきた、と言う村田アソシエイツ代表で東北大学特任教授の村田裕之氏に聞いた。(聞き手:新刊JP編集部)

―新著「シニアシフトの衝撃」がダイヤモンドオンラインの『年末年始おすすめの「2012年ベストビジネス書」』10冊に選ばれましたね。

「はい。超高齢時代と言われる現在ですが、意外と勘違いしている、知られざるシニア市場の実態とトレンドを整理している点が評価されたようです。2012年中に大人用紙おむつ市場が赤ちゃん用を逆転、(男女の)出会いサポートもシニアシフト、など意外な実態を数多く紹介しています」

―「日経MJ」「経済界」「保険毎日新聞」などでも取り上げられ、マーケティングや経済面でも注目をされているようですね。

「労働生産人口の減少と高齢者人□の増加は明らかですが、シニアの需要を取り込むことに苦戦している企業が多いと言われています。そうした需要開拓のための実践的なヒントとシニア市場に関する洞察を示しているからかもしれません」

―よく「シニアは金持ち・時間もち」などと言われますが、実際どのくらいのお金を持っているのでしょうか?

「総務省統計局による「家計調査報告」平成22年(2010年)と厚生労働省「国民生活基礎調査」平成22年(2010年)によれば、60歳以上の人の正味金融資産(貯蓄から負債を引いたもの)の合計は、482兆2884億円となります」

―と言われても、ちょっとピンと来ませんが・・・

「仮にこの正味金融資産合計の3割、144兆6865億円が消費支出に回ったとすると、2011年度の一般会計が90兆3339億円なので、その1・6倍にもなる144兆6865億円という金額が実体経済に回ることになります」

―それは、すごいインパクトですね。

「しかも、この場合、消費税率を5%に据え置いた場合でも、税収は7兆2343億円となります。この数値は、消費税を10%にアップした場合の見込み税収アップ分13兆5000億円に対して6・3兆円ほど足りません。でも、シニアの資産が消費に回ることで、消費税をアップしなくても、これだけの税収が見込めることに注目してほしいのです」

―自民党の人が聴いたら喜びそうな話ですね(笑)。

「民主党政権時代に消費税増税は国会で可決しているので、私は「シニアシフトの衝撃」を執筆した段階では、この話は空論かと思っていました。でも、政権が変わったので、新たな景気刺激策として取り入れられる可能性が出てきました」

―しかし、一方でシニア層は倹約志向が強く、財布のひもは固いとも言われています。金融資産の3割を消費するというのは相当抵抗があるのではないでしょうか?

「ご指摘の通り、先行き不透明感がますます強まるなかで、60歳以上の人すべてに正味金融資産の3割どころか、2割を消費に回してもらうことすら現実的でないという意見もあるでしょう。だからこそ、ここに「企業活動のシニアシフト」の大きな意義があります」

―どういうことですか?

「商品の売り手である企業が積極的にシニアシフトに注力することによって、買い手であるシニアは、より価値の高い商品や利便性の高いサービスを得られるようになります。つまり、シニアが必要としていたものの、これまで市場にはなかった、より付加価値の高い商品・サービスが多く登場するようになるのです」

―すると、どうなるのですか?

「シニアにとって「そう、こういう商品が欲しかったのよ」という機会が増え、結果としてシニアの消費も増えると予想されます」

―でも、著書でも触れている通り、現代はモノ余りの時代なので、モノの選択肢が増えてもそれほど需要は増えないのではありませんか?

「確かにモノは余り気味です。一方で、モノでは解決できない「不」がシニア層にはまだまだ沢山あります。「不」とは不安・不満・不便です。私はこれまで14年間シニアビジネス分野に関わってきましたが、この「不の解消」が新たなビジネスチャンスであることを肌身で感じています」

―なるほど、村田さんが関わってきた女性専用フィットネス「カーブス」やシニア向け携帯電話「らくらくホン」などは、「不の解消」から市場を創出してきた例でしたね。一方、「不の解消」以外にシニア層がおカネを使いたくなるアプローチはありますか?

「私は「3つのE」がカギだと思っています。「Excited(わくわくすること)」「Encouraged(勇気づけられたり、元気になったりすること)」「Engaged(当事者になること)」の3つです」

―具体的にはどんな例がありますか?

「以前、『いきいき』という雑誌が米国のボストンに1ヵ月滞在しながら英語を学ぶ旅行を企画しました。飛行機代から語学学校の費用、食費まで含めてひとり120万円でしたが、30人の定員枠が2週間で完売しました。これは「Excited(わくわくすること)」消費の例です」

―どういう風に仕掛けたのですか?

「『いきいき』の読者には、50代・60代の女性を中心に「何かを始めたい」「リセットしたい」「変わりたい」「いまだから学びたい」という内的衝動を持った人が多いことがわかっていました。そこで、それを後押しする企画にしたのです」

―何が成功の理由だったのでしょう?

「30人というのは、消費財を売る人数ならば決して多くはありません。でも、普通の個人の女性がなぜ1人120万円も払うのか?この意味を考えることが大切です。つまり、60歳になっても、70歳になっても、わくわくしたい、もう一度夢を見たい、という人が必ず存在するということです。
逆にこうした客層は、わくわくするようなモノでないとなかなかおカネを出してくれません。もともと、資産はあっても、収入は年金などで少額です。資産を消費に回してもらうには、きちんと納得してもらえるだけの商品の魅力が必要なのです」

―人間が本来持っている性質や気持ちを支えればおカネを払ってくれるということですね?

「そのとおりです。1996年に瀕死の状態だったアップルに戻った創業者のスティーブ・ジョブズ氏も次のように語っていました。

「ネット時代を迎え、個人が情報を簡単にやりとりできる、気持ちをわくわくさせる商品を提供しよう」

ジョブズ氏のこの言葉は、何もIT機器やサービスに限りません。シニア層に対する商品・サービスでも同じです。単に安いとか、品質がよいというだけではない、「気持ちがわくわくする」商品こそが、閉塞感あふれる超高齢社会に必要なのです」

―こういう話を聴いていると、超高齢社会というのは案外明るい社会なのかもしれませんね。

「そのとおりです。シニアの消費が増えれば、先に挙げた消費税収は増えます。また、企業の売上げ・収益が増え、業績が向上すれば、法人税などの税収も増えます。この結果、国の税収が増え、財政改善に寄与することにもなります。財政が改善されれば、ギリシャのように財政破綻することもなく、国際的信用を維持でき、シニアも安心して老後を過ごせるようになるのです。
まとめると、シニア層の消費意欲を新たな経済成長のエンジンにするために、官民挙げて知恵を出すことが必要なのです」

(了)

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村田裕之さんの新刊『シニアシフトの衝撃』(ダイヤモンド社/刊)

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