ビジネス書を読むと、「やりたいことをするために起業すべきだ」「成功をするために起業したほうがいい」といったギラギラした若者向けのメッセージが書かれていることがある。
今、「若者」と呼ばれる世代は不況に喘ぐ日本しか知らない。そのためなのか、リスクを抑えた安定した生活を望む傾向にあるという。その一方で、働き方に対しては常に疑問が投げかけられ、自分のやりたいことをやるための一つの方法として「起業」が掲げられることがある。
自分のやりたいことをやるためには、リスクを負ってでも起業家になったほうがいいのか?27歳の新進気鋭の社会学者、古市憲寿氏は新刊『僕たちの前途』(講談社/刊)で、若者へのイメージや働き方の変遷をたどりながら「起業家論」、そして「働き方論」を展開している。
古市氏曰く、日本は「もともと世界に誇るべき起業活動の低調な国」。国際的な企業調査GEMのデータによれば、起業活動が活発な国ランキングで84ヶ国中84位。つまり、最下位なのである。
日本では起業家になることも尊敬されない。「自分の国の人が起業家になるのは望ましいか」という質問に、「はい」と答えた日本人の割合は28.8%。オランダの82%、アメリカの59.4%と比較するとはるかに低い。
さらに、ビジネスで成功を得た人が尊敬を手に入れられるか、という質問に「はい」と答えた割合は日本が50.6%で、堂々のワースト2位。他の国はというと、例えばドイツは75.2%、フィンランドが86.9%となる。日本人の約半数がビジネスで成功しても尊敬を得られないと思っているのだ。
一方で、日本における戦後の「起業家」史を辿ってみると、行き詰ったときに現状打破の役割を「起業家」に求めてきた側面があることが分かる。つまり「起業家」は時代を引っ張る「イノベーションの先導役」としての役割を求められてきたわけだ。
ここで求められている役割と、起業家に対するイメージに大きなミスマッチが起きている。誰もがイノベーションを起こせるわけではないし、ハイリスク、ハイリターンな人生をみんなが望んでいるわけではない。
さらに尊敬も得られないし、起業家になることも望まれていない。風当たりはとても強い。
では、私たちは一体どんな働き方を望んでいるのだろうか? 古市氏が本書の中で紹介しているデータはとても興味深いものばかりだ。
起業して独立しようとしない私たちは、仕事も会社も大好きなのだろうか。いや、そうではない。会社も仕事もあまり好きではないのだ。かといって、若者の離職率が上昇しているかというと、実は1980年代後半から横ばいである。これは「七五三」と呼ばれており、卒業後3年以内に退職する割合は、中卒7割、高卒5割、大卒3割程度。これに景気の影響を受け、多少上下する。さらに労働時間は1980年代末から急激に減少しており、以前に比べたら大分少なくなったという。
「やりたいことをするために起業すべきだ」というメッセージの裏にあるのは、起業を取り巻く厳しい現実である。
本書は古市氏が経営に携わっている有限会社ゼントのエピソードから始まり、東京ガールズコレクションのプロデューサーなど若手起業家たちの実像、若者論、仕事論、起業論などを詰め込んだ一冊。さらに、「補章」としてあの著名人との対談も掲載されている。
イメージで語られることの多い「仕事」「若者」「起業」といったトピックを、その実像とデータで見ていくと、イメージとはまた違った現実が見えてくるかも知れない。
(新刊JP編集部)
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