営業ほど、各個人の優劣がはっきりと出る仕事はありません。
契約件数や売上金額など、成果が数字に表れてしまうからです。それだけに、契約を取れない、売上を立てられない営業マンの悩みは深いはず。
そんな“売れない営業マン”に喝を入れ、顧客を満足させながら売上を立てる営業の極意を授けてくれるのが、『住宅営業という修羅場で26年 7000軒売った男が教える勝ち残る営業の36の掟』(サンクチュアリ出版/刊)です。
今回は、本書の著者で株式会社ハウスプラザ副社長の斉藤孝安さんに、営業に必要な心構えや考え方についてお話を伺ってきました。
―本書『住宅営業という修羅場で26年 7000軒売った男が教える勝ち残る営業の36の掟』についてお話を伺えればと思います。まず、住宅営業というお仕事ですが、住宅は多くの人にとって“一生に一度”の高価な買い物です。本書のタイトルにある“7000軒”というのはとてつもない数字のように思えますが、忙しい時期などは一日に何軒も売れたりするものなのでしょうか。
斉藤「一日に何軒も、ということはめったにないです。ただ、お客様は大体土日に住宅を見にいらっしゃるので、月曜とか日曜の夜は契約が集中しやすいですね。契約には手付金が必要なので、特に月曜が多いです。土日に3件のお客様をご案内して、それが全部契約になることもあるので、そういう意味では一日何軒も売れるということはあり得ます。ただ、それを毎日のようにできる人はなかなかいないでしょうね。
私の経験だと、一週間毎日違うお客様をご案内したことがありますが、その時でも契約になったのは7件中3件でした」
―本書で斉藤さんは“勝ち残る営業の掟”について書いていますが、これは住宅販売に限らず営業職全般に応用できる内容のように思いました。
斉藤「私が扱っている商品がたまたま住宅だったというだけで、どんな営業でも役立つ内容だと思います。ただ、私は“こういう商品の勧め方がいいよ”というノウハウ・テクニックを教えるのはあまり好きじゃないんですよ」
―確かに、ノウハウというよりは理念や哲学を書かれている印象を持ちました。この本で斉藤さんが一番伝えたかったことはどのようなことだったのでしょうか。
斉藤「やはり、商品を勧める営業マンが本気になれっていうことですね。
住宅営業の例でいうと、住宅を買うというのは、お客様からしたら本気にならざるを得ない一大イベントです。それに対して、売り手側がただ売りたいだけ、数字をあげたいだけっていうのはやめてほしいというのが訴えたいことです。
確かに、営業についてみなさんが想像するのは、“ノルマを達成するためにやっている”というものでしょう。でも、この本で私が伝えたかったのはそういうことではなくて、商品を勧める営業マン側が、お客様以上に本気にならないといけないということです」
―とはいえ、営業マンの多くがノルマに追われて数字ばかり気にしてしまいがちですが、この状況についてはどのように思われますか?
斉藤「私もいち営業マンだった時は、一か月に何棟も売ること、たくさん売ることに情熱を持っていました。売らない営業マンというのは、やる気がなかったり、サボっているんだとばかり思っていましたね。周りも同様で、売れる営業マンたちの会話を聞いていても、“売れない営業マン=悪”という図式でした。
ただある時、そうじゃないんじゃないかと思いはじめたんです。というのも、売れない営業マンの方が一生懸命動いているケースって多いんですよ。考えたら、彼らは私たちの会社のチラシを一生懸命配ってくれていたり、名刺を配ったりしていて、そういったことは全部種をまくことなんですよね。売れる営業マンって、要は“刈り取り”がうまいということで、売れない営業マンが種をまいてくれたうえで成り立っている。そう考えると、“売れない営業マン=悪”ではないんです。
たまたま自分たちは刈り取りが上手なだけで、売れない営業マンにもそのやり方を教えれば、同じようにできるはずです。つまり、教える側が下手なんですよ。それに気づいてから営業の見方が変わりましたね」
―ノルマというものは会社から課せられるものなので、営業マンが数字ばかり気にして仕事をしてしまうのは上司や会社にも問題があると思われます。“ノルマ至上主義”の上司・会社に何か言いたいことはありますか?
斉藤「ノルマを達成しなくてもいいというわけではありませんが、それが全てではありません。数字を残すことが全てになってしまうと、上司の指導は小手先のテクニックや話法ばかりに偏ってしまいがちです。私は“営業力=人間力”だと思っています。だから、まず人間を豊かにしてあげないことには、お客様に本気度が伝わらないと思っています。上に立つマネージャーや上司は、営業スタッフの人間力アップのために何ができるのかを考えるべきです。
営業マン時代は、私も鏡を見てスマイルの練習をしながら、毎月10棟売れる力がつくなら悪魔に魂を売ってもいいと思っていましたよ。だけど、よく考えたらそれはあくまでもこちらの事情であって、お客様のことを考えていないんですよね」
―斉藤さんは、26年間の営業マン・マネージャーのキャリアを通して約7000軒もの物件を売ったという実績をお持ちですが、印象に残っているエピソードがありましたら教えていただければと思います。
斉藤「マネージャー時代のことなのですが、当時の私のやり方は“とにかく俺のマネをすれば売れるんだ”というもので、朝から晩まで部下に指示を与えて続けていました。でも、まったく成績が上がらなかったんですよ。
そんな時期、ある雪が降った日だったんですが、実家に帰ったんです。ずっと帰っていなかったものだからおふくろが喜んでくれて、食事をしながらしゃべっていたんですよ。その時、私が話していたことといったら部下の愚痴ばかりだったんですね。“俺の言う通りにやらないから売れないんだ”というような。そしたら、ある時から返事がなくなって、ふとおふくろの顔を見たら、鬼のような顔をしていて、“出て行ってくれ”っていうんですよ。“あんたは日本一汚い上司だ”と。“こんな雪の中を、あんたを信じて動いてくれてるのに、あんたはその人たちの悪口しか言わない、そんな人間を育てた覚えはないから今すぐ出て行け”って言われて雪の中に放り出されたんです。それで、会社に戻ったんですけど、その時には他の営業部署はみんな帰ってしまった後だったんですけど、私の部下たちだけが残っていたんです。それを見た瞬間、自分は本当に情けない男だと思って涙が出てしまって、みんなに泣きながら謝りました。“本当に申し訳なかった。今日からはみんなの好きにやってくれ、みんなが考えた通りに動いてくれ、責任は俺が持つ”と言ってね」
―お母様の一言で目が覚めたんですね。
斉藤「そうですね。でも、それまでがトップダウンの典型みたいなやり方でしたから、誰も信じないんですよ。それでも、3日、4日と経つうちに部下たちもだんだん信じるようになってくれたんですけど、そうなると本当に自分たちで考えて動かないといけないじゃないですか。それで、1日の目標を組み立てて、どのお客様が一番契約に近いのかを考えて、持っていく資料も自分で考えて、わからないことだけ私に聞くというやり方になったんですけど、それまでは月に1棟売るのを目標にしていた部署が、一人3棟も売れてしまったんです。
自分の言うとおりにすれば売れると言っているうちは全く売れず、個人個人に考えてやらせたら売れるようになった。今までの自分はすごくおこがましいことをやっていたんだなと思いましたね。営業マンだって一人一人違うわけで、それに対して自分の考え方を押しつけていただけだったんです。一種のマニュアル営業ですよ。
この本ではマニュアル営業を否定しているんですけど、その時の体験が大きいです」
―他の営業とは違う、住宅営業ならではの難しさやおもしろさはどのようなところにあるとお考えですか?
斉藤「難しさでもありおもしろさでもあるんですけど、一番はお客様のご家族の生活や、人生観が見えてしまうところです。家族といってもそれぞれ考え方が違いますから、それを営業マンがまとめていかないといけません。そこが難しいです」
―家族間で意見が分かれて、契約に至らないということもあるのでしょうか。
斉藤「あります。やっぱりご主人と奥様で意見が違うというのはよくある話です。その時に、売れない営業マンっていうのは、最後の決断をお客様に預けてしまうんです。それがお客様思いの営業マンだと勘違いしている奴が多い。でも、お客様は住宅に関しては素人ですから、どっちがいいかなんてわからないんですよ。だから、最終的にはお互いの意見がぶつかって、夫婦ゲンカになってしまいます。その後は当然、“ちょっと冷却期間を置きたい”となるじゃないですか。そうなるともう買えなくなっちゃいますよね。
本当にお客様思いなら最後の決断をお客様に預けないですよ。どうなるかなんてわかっているんですから。
この本の中で“聞き上手”を否定していたりするのはそういう意味があります」
―最後の決断をお客様に預けないためにはどうすればいいのでしょうか?
斉藤「できる営業マンなら、最後の決断に至るまでに夫婦で意見が違うということはわかるはずです。その状態で、“どれがいいですか?”“どちらがいいですか?”などと聞くこと自体がいい加減なんです。意見が割れるに決まってるじゃないですか。
意見が分かれてきたなと感じた時点で、お客様を誘導してあげるのが営業マンです。それをしないのは、私からしたら仕事を端折っている。夫婦で意見が違うなら、それがわかった時点で、ご案内した家の様々な要素を出してあげて、お互い納得できるように調整してあげられないといけないと思います」
―すごく難しそうですね。
斉藤「難しいですよ。でも、自分の兄弟が家を買うとなったらそこまでやるでしょう。他人だと思うから仕事を端折るんです。自分の家族や恋人のためだったらできることを、お客様にできないのであれば、いくらお客さん思いの営業と言ってみたって、それはウソですよ。
営業マンの本気度はそこに表れます。身内には当たり前のように本気を出せて、お金をいただいているお客様になぜできないのか。この本で訴えたかったのはそういうことです」
(後編に続く)
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