2022年、本屋大賞に『残月記』(双葉社)がノミネートされ、今注目を集めている作家・小田雅久仁(まさくに)さん。最新刊『禍(わざわい)』(新潮社)が2023年7月12日に発売され、予約の段階で重版が決定するなど早くも読者に新たな衝撃を与えている。
収録されている7本の短編のテーマは〈体の一部〉。奇妙な形の手を突っ込んで人の〈耳〉の穴に入っていく「耳もぐり」、他人の〈目〉を怖がる男が見た夢から世界が変貌していく「喪色記」、無数の〈鼻〉を畑に植えて栽培する「農場」など、見慣れたはずの体から、おどろおどろしく予想もつかないストーリーが広がっていく。唯一無二のアイデアはいったいどこから生まれるのだろうか? 創作の舞台裏を小田さんにうかがった。
――最初は日常的な場面から始まって、あり得ないところにぶっ飛ばされるという展開にびっくりしました。まるで悪夢を見ているような......。どの作品も、始まりと終わりが全く違う景色になってしまいますよね。
そうですね。あとから出てくる非日常と対比させて際立たせるために、なるべく日常的なところから書き始めるようにしています。それでだんだん主人公を転落させるというか......事件に巻き込んで、全然違う世界に連れて行ってしまうという流れですね。小説を書き始めたばかりの頃は意識していなかったんですが、いくつも書いているうちに「毎回同じことをやってるな」と気づきました。そういう展開が好きなんだろうと思います。特に『禍』の収録作品は全部そうですね。
もともとファンタジー、SF、ホラーなどのジャンルが好きだったんですが、20代半ばに純文学も読むようになって、純文学に出てくるような日常的な場面も書いてみたいと思うようになりました。純文学の世界から、ファンタジーっぽい世界観になだれ込んでいくような。両方の要素が1つの作品の中で掛け合わさっています。
――どの主人公も、お金に困っていたりストレスで休職していたりと、冴えない感じなのも印象的でした。幸せな人の話は書かないのでしょうか?
それはまず、書いている僕自身の状況が反映されているんだろうと思います(笑)。それに、最初から幸せな人を主人公にすると書きにくいというか、想像が広がらないんですよ。読者の方も幸せな人ばかりではないでしょうし、何か抱え込んでいる人のほうが感情移入しやすいんじゃないでしょうか。劣等感や不満のある人を、もっと悪いほうへ追い込んでいく......みたいな話が、僕にとっては書きやすいんです。
――この作品をジャンル分けするとしたら、何に入るのでしょう?
自分ではいつも「怪奇小説」と言っています。読者にとっては怖いシーンもあるかもしれないのでホラーと言ってもいいのかもしれませんが、自分で書きながら「この話怖いな」とはあまり思っていないんですよね。「嫌な話だな」とか「気持ち悪いな」とかは思ってるんですけど(笑)。まあ、怪しくて奇妙な話ということで、怪奇小説です。
――結末で、現実とはまるっきり違う世界になってしまう作品がいくつかあります。こういった世界観は、どこから生まれているのでしょうか?
パッと思いつくのは『北斗の拳』(集英社)ですかね。核戦争で荒廃した世界で主人公のケンシロウが活躍するんですが、その荒野のイメージが刷り込まれているのかもしれないです。子どもの頃に好きで読んでいて、当時は絵を描くのが好きだったので、真似してノートに描いていました。あとは『AKIRA』(講談社)ですかね。能力を得た少年・鉄雄が街をどんどん壊していきますが、そういうイメージですね。一旦リセットした後の世界、という。
――そういった強烈な風景を、文字だけで表現してしまうのがすごいです。
僕はマンガもすごく好きですし、アニメもドラマも映画もゲームも好きで、小説を書く時にもシーンを視覚的に思い浮かべて書くんですが、そうするとしょっちゅう壁にぶち当たります。文章だけだと映像作品には全然かなわない。でも僕は小説家になってしまったので(笑)、文章だけでも世界観が少しでも思い浮かべられるような書き方をしたいなと思いながら書いています。
子どもの頃はマンガ家になりたかったんですよ。あとは、ゲームを作りたいなと思っていた時期もありました。昔から、物語を考えたり世界観を考えたりするのが好きだったんですよね。プロを目指して本格的に小説を書き始めたのは28歳の時ですが、考えた物語を表現するにあたって、その時ちゃんとできたのが......ちゃんとできるとその時は思ってたんですけど(笑)、文章を書くということだったので。もし絵がすごく上手かったら本格的にマンガ家を目指していたかもしれないし、もっとゲームにのめり込んでいたらそっちに進んでいたかもしれません。
――今回で4作目のご著書です。これまでの作品を踏まえて、心がけたことなどはありますか?
デビュー作の『増大派に告ぐ』と2作目の『本にだって雄と雌があります』(ともに新潮社)を出した時は、「読みにくい」「読んでいて疲れる」と言われることが多かったんです。それで3作目の『残月記』は、なるべく読みやすく書こうと思って頑張りました。『禍』も引き続き、読みやすさは意識しています。でも、まだ読みにくいと感じる方もいるかもしれませんね。改行もセリフも少ないので、本をパッと開いた時に圧迫感があるというか。以前、ネット上で『残月記』のレビューを見た時に、「字ばっかり」と書かれていたんですよ(笑)。「こういう人もいるねんなぁ......」と思いましたね。
――目、耳、鼻など体の一部をモチーフにした短編をおさめた『禍』ですが、タイトルにはなぜ体の要素を入れなかったのですか?
最初は体の一部を連想させるタイトルを考えていたんですが、どれもなんだかしっくりこなくて。そこでふと思ったのは、「体の一部」という括りは僕が書く上での裏テーマみたいなもので、読まれる時にはあまり関係ないなと。だから、まあ体にこだわらなくていいのかなと考えが変わりました。
実は、『本にだって雄と雌があります』を出して取材していただいた時に、長いタイトルを言うのがだんだん恥ずかしくなってきて。長いタイトルは嫌だなと思うようになったんです(笑)。『残月記』も短くしましたし、今回もさらに短くできたらと考えて、収録作品の1つ「髪禍」の1字でもあり、昨今「コロナ禍」もあってみんな知っている字なので、『禍』にしました。インパクトもありますし、いかにも怪奇小説という感じじゃないでしょうか。
――最後に、読者のみなさんにひと言お願いします。
縁起のいいタイトルじゃないですけど、所詮、本は本なので、そう思っていただいて......。『禍』のポスターとかを家に送ってもらった時、父親に見せたんですけど、「うちに禍が来る!」なんてことを言うてました(笑)。もしかしたら同じように感じる方もいるかもしれないですけど、そこはあえて、怖いもの見たさで手に取っていただければなと思います。
あなたの家にも禍がやってくるかも......? スリリングな読書をしたい人には、ぜひ開いてみてほしい一冊だ。
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