自分の人生を振り返ろうと思ったときに、あなたなら何をするだろうか。
年表を作ってみる。文字に起こしてみる。もしくは自問自答してみるという手もある。
『私への七通の手紙 統合失調症体験記』(幻冬舎刊)の著者である大瀧夏箕さんが選んだのは「手紙」だ。今の自分から過去のさまざまな年代の自分に向けて、七通の手紙をしたためた。
大瀧さんは30歳のときに精神科病院に入院をした。
「三十歳のきみへ」という題がついた手紙には、当時のことが克明につづられている。「私にはわからなかった」「統合失調症ってなに?」――そこに映し出されているのは戸惑いや葛藤だ。
同時に希望も描かれている。「この体験によってきみは勝ちとるんだ。自分をやりなおす道を。病気という後遺症を代償にして」(p.76より)と45歳の大瀧さんはつづる。
38歳の自分への手紙には、登山に没頭していた当時の様子と、その代償が書かれている。
あのときのきみはこれまでの人生のなかで一番かがやいていたよ。きみはその山旅を成功させては、その成功を病気からの回復につなげようとしていた。
しかしあのときのきみはたくさんのうらみも買ったんだ。たくさんのひとの友情の手をふり払い、彼らに悲しい思いをさせたんだ。きみが感じたのは友情じゃなかった。きみが感じたのはひととのちがいだった。(p.88-89より)
45歳の大瀧さんは、あのとき自分が友情の手をふり払って何を手に入れたのか。それを知るために手紙をしたためた。そして、苦しみながらも前に進もうとする当時の自分の姿を見つめなおす。
手紙を送る間隔は少しずつ狭まっていく。39歳の自分の記録。44歳の自分への手紙。
そこで描かれるのは前を向いて人生を進もうとする大瀧さんの姿だ。人生をあきらめないで進むことで、いろいろな道を選択できる。そのことを示そうとする姿なのである。
七通の手紙は、中学1年生のときの自分への手紙から始まる。 すべてのきっかけはそこにある。
一人の人間の半生を手紙で振り返るというのは新鮮だ。今の自分が当時のできごとや思いを包み込み、その後の自分にどんな意味をもたらしたのかを丁寧に述べてゆく。本書は「体験記」を超えた、著者自身の人生哲学を映し出すエッセイである。
著者の大瀧さんはこの手紙を書き終えたときのことを次のようにつづっている。
私は、過去のそのときどきの自分の声がどれほど現在の自分を支えているかを感じました。悩んだりまよったり、くるしんだりしていたあのとき、自分はどうしたかったのか、どうしたかったのにあのときはできなかったというくるしみの声がどんなにたいせつかを感じたのです。その声は、そのときどきを生きた証でした。(p.6より)
もし、今、苦しさを感じていたり、悩みを抱えていたりするならば、この「七通の手紙」のように過去の自分自身と対峙してみるのもいいだろう。
これまで生きてきた人生の歩みが、実はまちがいではなかった。失敗や挫折はすべて今のためにあったのだということを実感できるかもしれない。本書はそんなことを教えてくれる一冊だ。
(新刊JP編集部)
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