人に騙されたり、利用されたり、虐げられたり。
生まれ持った性格の純粋さゆえに報われない道を歩む人がいる。「騙される方が悪い。人は疑ってかかれ」というのは世渡りにおける真実だが、どんな目にあっても死ぬまでその純粋さを持ち続けられる人がいたとしたら、その人はやはり人生の勝者と言えるかもしれない。
小説『赤い靴~海を渡るメロディー~』(高津典昭著、幻冬舎刊)の主人公・恵理は絶海の孤島「沖ヶ島」から、東京に出てきた少女である。両親とともに島で平和に暮らしていたのだが、漁師であった父・祐一には誰にも明かしていない持病があった。世界に例を見ない奇怪な症状のパニック障害である。
この持病が一家の運命を暗転させた。大量飲酒することで症状が緩和されることを覚えていた父は、ある日漁の途中で子どもの頃からたびたび襲われていた症状に襲われた。しかし、いつもの通り酒をがぶ飲みすれば収まるはずの症状が、その日に限って収まらない。焦って飲酒を続けているうちに急性アルコール中毒で意識を失い、船は太平洋をさまようがまま。アメリカの輸送船に救助されるという事態になった。
この件で船に乗ることが怖くなった父は、ますます酒におぼれるようになり、母・智子に暴力を振るうようになった。漁に出ないため家計は悪化の一途、高校進学を諦めた恵理は村の役場に就職することにしたのだが、その初出勤の前日に悲劇が起こる。スーツ姿をお披露目した我が娘に欲情した父から性暴力を振るわれたのである。その事実を知った智子はついに堪忍袋の緒が切れ、恵理をこんな鬼の住む家から脱出させた。
もう島にはいられない、と中学時代の恩師の知人を頼って東京に出てきた恵理はその知人である北崎の家に居候をしながら働き口を探すことに。北崎は恵理の美貌に魅了されながらも理性を失わず、恵理の助けになろうとしたが、二人でスキー旅行に行った帰りに暴漢に襲われ意識不明に、恵理もまた男たちに乱暴されてしまう。
人を疑うことを知らない恵理の上を通り過ぎていく数知れない男たち。彼らは決して恵理を幸せにしないが、それでも男性不信に陥ることなく、一人の人間として彼らと接し続ける恵理。その脳裏には常に、実家で父の暴力にさらされ続ける母がいた。
心根の優しい恵理だったが、運命は容赦なく彼女を蹂躙していく。父が持病を抱えていなければ、あるいはその持病を誰かに相談できていれば、そして恵理が人を疑うことを知っていれば、一家はおそらく島で幸せに暮らし続けていられた。わずかなボタンの掛け違いで暗転した家族の運命に放り出されるように、東京にやってきた恵理が最後に行きついた場所とは?
童謡「赤い靴」と響き合うストーリーの最後に描かれた救いに胸が締め付けられる一冊だ。
(新刊JP編集部)
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