これは人間が滅多に入ってこない深い山奥の、とても小さな主人公の物語である。
最後に山奥に人間が入ってきたのは、かれこれ百年も前になるという。そこには手つかずの自然が広がり、さまざまな動植物たちが種を残そうと貪欲で、とても美しい世界が広がっている。
厳しい冬が終わり、早春の光が差し込むある朝。雪をかぶった1本のクマザサの葉の上で、この物語の主人公が目を覚まそうとしていた。
その主人公が「ひとしずく」だ。
ひとしずくは一滴の水の粒。はじめはまだ雪の結晶である。だが、自分が寝床にしていたクマザサの葉に生気が張りつめたことを感じ、これは自分にとっての変化のときだと心得る。
雪が完全に溶けきるまでの間、周囲の雪の結晶の兄弟たちのからだは、太陽の光を透かし、虹色に輝いている。その姿にひとしずくは「何て美しいんだろう」とうっとり見とれていた。
ひとしずくは次々と水滴となって地上に落ちてゆく兄弟たちとの別れを経て、美しく雄大な自然の世界に近づいていく。
その一方で、まだ何も知らないがゆえに、自分も同じようにただの水の滴となってこの世界から跡形もなくいなくなってしまうことに恐怖し、怯えてしまう。
『ひとしずく』(今明さみどり著、幻冬舎刊)は、ひとしずくが生まれてから旅に出るまでを描いた短い物語だ。
私たち読者はこの「一滴の水の粒」を通して、自然の雄大さや春の光の暖かさを感じ、兄弟たちの「それじゃ、サヨナラ。また今度!」という言葉を聞き、美しい世界に触れるための旅に出ることになる。
人間の視点から見ることができない世界を豊かな想像力を持って描いている本作は、挑戦することの意味を教えてくれる。
クマザサの葉の先を目指して一生懸命、少しずつ進んでいく。ひとしずくにとってその時間は「これまで生きてきた中でもっとも楽しい時間」であり、その行為が「大きな誇り」だった。
挑戦しなければ、新しい景色を見ることはできないし、その挑戦の過程を経て誇りを持つことができるというのは人間も同じだろう。
また、ひとしずくはその途中にクモやムカデ、ハエなどさまざまな虫たちを見つける。そして、彼らのことをより知りたいと願う。
ひとしずくの持つそうした純粋さは、心を打つものがある。そして、自分自身に立ち戻り、新しいものを見て、興味を持ち、知りたいと思うような、かつて持っていた心を忘れていたことに気づくかもしれない。
ひとしずくは旅の先に辿り着いた場所で何を見るのか。それはぜひ本書を開いて見てみてほしい。
(新刊JP編集部)
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