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ハイビスカスの種が納豆に...! 世界に広がる驚きの納豆文化

納豆は日本の伝統食品――そう思って疑わない日本人は少なくないだろう。
しかし、納豆文化は東アジアの山間地域、いわば「辺境地域」の民族に広がっていた。そこでは私たちが思い浮かぶ納豆の姿とは全く違った、様々な形で食べられていたのだ。

高野さまお写真 (1).JPG

高野秀行さんはその冒険譚を『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』(新潮社刊)という一冊の本にまとめた。そのあとがきに「アフリカにも納豆がある」ということを示唆して。
そして、アジア納豆から4年。ナイジェリア、セネガル、ブルキナファソという西アフリカ地域の驚くべき「納豆」の姿と、日本の隣国・韓国の家庭料理・チョングッチャンを通して解き明かされる韓国食文化における納豆の秘密を解き明かしたのが『幻のアフリカ納豆を追え! : そして現れた<サピエンス納豆>』(新潮社刊)である。

「納豆」の既成概念が崩壊していく本書。納豆をめぐる旅の果てに辿り着いた、「サピエンス納豆仮説」とは? 高野さんに聞いてみた。

(聞き手/金井元貴、撮影/山田洋介)

■いよいよ壊れていく「納豆」の既成概念。納豆とは一体何なのか?

――西アフリカ納豆取材、最後の地はブルキナファソです。ここでは驚きの納豆が出てきます。なんとハイビスカスとバオバブの種で作る納豆です。あまり香りが想像できないのですが、どんな感じなんですか?

高野:今日持ってきたんですよ。ハイビスカス納豆は鮮度が落ちて乾燥しているので、はっきり香りが感じられるかは分からないですが、先日阿川佐和子さんと対談したときには、ハイビスカスが感じられるとおっしゃっていました。

――匂いを嗅ぎます。...ああ、これはハイビスカスの香りがしますね。納豆と重なってまた違う風合いというか、初めて嗅ぐ匂いです。さわやかさを感じますね。全然悪い匂いではない。

高野:さわやかさはハイビスカスの部分ですね。不思議な香りがするでしょう? ただ、この袋をずっと開けておくと納豆に匂いが部屋中に充満してしまうので、終わったら速やかに戻します(笑)。

そして、こちらからブルキナファソのスンバラ(パルキア納豆)ですね。(写真参照)

――これは納豆の匂いを強く感じます! 驚きです。大きくて球状になっていますが、どうやって使うんですか?

高野:臼に入れて杵で砕いて、ご飯の上にかけたり、調味料として料理に入れたりします。

――スンバラの炊き込みご飯があるとか。

高野:そうですね。砕いたスンバラを米の中に入れて炊き込んでしまう。

――「スンバラ飯」という名前をつけていましたが、分かりやすい。

高野:覚えやすくていいですよね。フランス語で「リ・オ・スンバラ」と呼ばれているんですが、「カフェ・オ・レ」と同じような語感ですよね。

――ブルキナファソではハイビスカスやバオバブの種で作る納豆が出てきます。こうなってくると「納豆とは一体何ぞや」という疑問が浮かんできます。大豆を藁に包んで作るものという既成概念が壊れました。

高野:納豆の定義って難しいですよね。大豆とは限らないわけだし。どこまでが納豆なのか。でも、無塩で発酵するということってすごいことだと思うんです。そして、それこそが人間にとって重要なことじゃないかと。
食品を保存するには塩漬けが基本だけれど、塩を使わなくても、発酵させて保存がきく状態にできるという手法はなかなかないんですよね。

――まさに辺境で納豆が食べられているのはその理由ですよね。

高野:そうですね。あとは、納豆は菌と植物と人間の共生の形なのかなと。僕はこの本で「サピエンス納豆仮説」を唱えているのですが(笑)、それはまさにその三者がいかに共生していくかということなんです。

縄文時代初期、縄文人たちは野生のツルマメを食べていましたが、中期頃からツルマメが巨大化し、現在の大豆に似た豆になります。つまり、縄文人はツルマメを栽培種化して大豆を作ったということです。でも、実は大豆には消化によくない成分が含まれていて、ふつうに煮ただけで食べる民族は日本人以外はほとんどいない。だからこそ発酵させて納豆や味噌として食べる。すると、そういう成分は分解されて、さらに体にいい栄養素もたくさん生まれるんです。ツルマメは野生種なだけに体によくない成分がもっとあったでしょう。ではなぜ縄文人はどうやってツルマメを食べていたのかという疑問が出てくる。そこで私が考えたのは、縄文人たちはそのツルマメを石臼でつぶして、納豆菌で発酵させて食べていたのではないか、と。

そう考えていくと「人間は大豆が納豆を作ったのではなく、納豆で大豆を作った」ということも言えるのだと思うんです。つまり、納豆がまずあって、それから大豆を使うようになったということです。

本当にいろいろな切り口というか見方ができますよね。納豆を通すと。

――また、各地の納豆料理を食べた高野さんや、同行したカメラマンの竹村さんが「日本人好み」とおっしゃっているのが目に入りました。民族によって味覚の好みは違うと思いますが、納豆民族の人たちは味覚も似ているのでしょうか?

高野:似ていると思いますね。試食したときに出てくる表現、味が尖っているとか、丸いとか、柔らかいとか、そういう言語表現も同じです。それは同じ人間であることはベースにあると思うんですが、さらに上の段階で、食文化も似ているんでしょう。それは納豆をうま味として使ってきたから、そういう風になっているのかもしれません。

■食をテーマに取材をすることの醍醐味とは?

――そして締めくくりは「納豆菌ワールドカップ」の開催ということで。

高野:そうですね。アジア、西アフリカ各地域の納豆菌を集めて、どれが一番おいしい納豆を作るかを決める大会を開催しました。あれも結構丁寧にやっていて、ちゃんと地区予選から始めて、決勝リーグを設けたんですよ。

――新潮社の一室で行ったそうですが、匂いは大丈夫でしたか?

高野:大丈夫だったかは分からないですが(笑)、相当匂いは残ったと思いますね。

――激戦を繰り広げ、協議の結果はなんと1位が2組。韓国のチョングッチャンとブータン納豆でした。ただ、高野さんはパルキア納豆推しと相当レベルが高かったことがうかがえます。

高野:もう全然遜色なくて、どこが優勝してもおかしくなかったです。さらに面白いのは、おそらく1週間後だったら結果が変わっていたということですね。日本の納豆は1週間冷蔵庫に入れておくと普通風味が落ちるじゃないですか。でも、ここで作った納豆たちはすごく美味しくなっていて、納豆製造業者である登喜和食品の遊作社長に食べてもらったら「納豆菌が豆に食い込んでいる。ダワダワが一番美味しい」と言っていました。

つまり、1週間のあいだにどんどん発酵が進んでいたのでしょうね。遊作社長は「野生の菌だから強いのかも」とおっしゃっていたけれど、納豆職人も唸る美味しさなんですよね。

――『辺境メシ』も含めて、食にまつわる本はすごく高野さんが楽しそうに見えます。

高野:楽しんでやっていますからね。

――食をテーマにした取材の醍醐味は?

高野:食の取材は到達点が深いんですよ。他のものが対象だと見える、聞こえる、触れるということまでなんですけど、食って口の中から体に入ってくるでしょ? だから、奥まで入り込んでくる感じがするんです。まさに「腹落ちする」ということが多い。その到達点は深いですね。

――納豆はその最たるものだなと思います。ここまで広がりがあるとは。

高野:そうなんですよね。もちろん、納豆菌について科学的に調べてもらったりもするけれど、科学的な調査以前にあの匂いと味でどう考えても納豆だと分かる。そこが面白いというか。

――今回で納豆の取材はひと段落ですか?

高野:そうですね。納豆の謎を解明したくてやってきましたが、一通りの謎は解明できたかなと思います。

――今、注目している別の食材はありますか?

高野:食べ物ですか。そういう意味だと、納豆を含めて各地の伝統食品が今、すごい勢いで消滅しつつあるんですよね。グローバリズムの影響で。

例えばミャンマーに食べるお茶というのがあって、お茶を発酵させて、普通はお湯を入れて煎じて飲むわけですけど、そうではなく、ご飯のおかずにして食べるんです。それで僕の知り合いが、作り方を2、3年前に見に行ったら、もう今では村で作っていないと。工場で製造している。昔ながらの伝統的な製造方法がなくなってしまいつつあるようなんです。

他にもそういう事例があって、野生のコメを食べている地域がまだあるんですよ。そこが具体的にどこかということは言えないですが、おそらくもう少ししたらそういう食文化もなくなってしまうんじゃないかと思います。安くて使いやすいコメが流通するようになれば、そっちに飛びつくじゃないですか。そういうものを見に行きたいですね。

――この本でも、セネガルに大豆が入り込んできて、主婦の間では時短料理として重宝されているとありましたね。

高野:そうなんですよ。インスタント食品みたいな扱いで。

――そういう変化が納豆を通しただけで見えてくる。

高野:そういうことです。いろんなものが見えてきて面白いですね。

――食文化に限らず、これからやろうとしている取材・調査は?

高野:これは2年前から進めているのですが、イラクの湿地帯で船旅をするという酔狂な企画です(笑)。「イラク水滸伝」っていうんですけど、本当は今年の4月に行く予定だったのが、コロナの影響でキャンセルになってしまって。状況を見て再開したいなと思っています。

――納豆をめぐる旅の完結編、ファンの皆様にメッセージをお願いします。

高野:僕の30年の集大成です。多分、ここまで謎を深く追求したことは今までなかったと思いますし、深い結論を得ることもなかったと思います。ぜひ読んでみてください。

(了)

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