街を歩いていると、胸に「MARVEL」とロゴの入ったTシャツを着ている人を見かけることがある。「スパイダーマン」や「キャプテン・アメリカ」「アイアンマン」など、世界的人気を誇るマーベル・コミック(以下、マーベル)のロゴ入りTシャツである。
このマーベル、今でこそ世界的に知られているが、その誕生から今に至るまでの道のりは波乱万丈である。隆盛をきわめたコンテンツの衰退や、倒産危機からの巻き返し、創造性と収益性のジレンマ・・・。その苦闘の歴史は、今の企業やビジネスパーソンにとって役立つ示唆に富んでいる。
『MARVEL 倒産から逆転No.1となった映画会社の知られざる秘密』によると、マーベル・コミックの始まりは、1934年に当時26歳だったマーティン・グッドマンが興した出版社「ニューススタンド・アンド・パブリケーション」まで遡る。
グッドマンは流行を取り込むのに長けた、優秀なビジネスマンだった。当時勢いのあった大衆雑誌に商機を見出し、新雑誌を次々と立ち上げたグッドマンは、読者に読まれる誌面を追求した結果、コミックに行き着いた。
すでに出版されたイラストつきのストーリーを買い上げて、コミックとして刊行する手法で、初のコミック『マーベル・コミック』を出版。たちまち人気となると、量産体勢に入り、オリジナルのキャラクター「キャプテン・アメリカ」を世に出すと、その人気は不動のものに。グッドマンの甥であったスタン・リーが加入しクリエイティブの中核を担うようになると、『マーベル・コミック』は全盛期を迎えた。
グッドマンが経営を担い、リーがクリエイティブを引っ張るこのスタイルは、1940年代から1960年代まで続き、ヒーローものやSF、ホラーなど様々なジャンルのコミックを世に出し続けた。「スパイダーマン」や「ハルク」といった現在でもマーベルを代表するキャラクターはこの時期に生まれている。
ただし、どんなに好調なビジネスであっても、終わりはくる。
1970年代に入るとコミックの人気は凋落。当時勢いがあったカウンタカルチャーに寄った作品を制作したり、往年のヒーローを再登場させるなど、あらゆることを試したが、コミックの売り上げは好転しなかった。この時期にグッドマンは経営から退いている。
「誰もコミックを買わなくなりました。斜陽産業になりつつあると、みんなわかっていました。1980年を迎える頃には、もう会社を飛び出して、食べていける仕事を探すしかありませんでした」(P 59より引用)
これは、当時マーベルで編集者だった人物の回想である。もう、コミックを作れば売れる時代ではなかった。マーベルは唯一絶対の収益源を失ってしまったのである。
苦境を脱するための一手が、コミック制作を通じて所有することになったIP(知的財産)の活用だった。つまり、キャラクターを使ったIPビジネスである。
コミックは売れないが、キャラクターは既に広く認知されている。それならば、玩具メーカーやエンターテインメント関連会社とライセンス契約を結ぶことで、キャラクターをコミックの世界から連れ出して、別の活躍の場所を与えることができるのではないか。
ブロードウェイには「キャプテン・アメリカ」の舞台を提案し、「スパイダーマン」はテレビシリーズ化された。ただ、マーベルが目指した本丸は、あくまでハリウッドだったようだ。
今でこそ、コミックやアニメのスーパーヒーローものが実写映画化されるのは珍しくないが、1980年前後はまだ前例がなく、映画会社を説得するのは困難を極めた。マーベルのコンテンツは10代や大学生、あるいはもっと年長の層向けに作られていたが、映画関係者は判で押したように「6歳の子ども向け」のコンテンツを求めた。そして、当時は超人的なヒーローを実写映画化する映像技術がなかった。
風向きが変わったのは、やはりコミックから誕生した『スーパーマン』が実写映画化された1978年だった(「スーパーマン」はマーベルのキャラクターではない)。子ども向けではなく、特殊効果をつかった映像技術の進歩もあった。
これで、マーベルが映画に進出する土台ができたが、成功までには長い時間がかかった。1986年にマーベルのキャラクターをフィーチャーした『ハワード・ザ・ダック 暗黒魔王の陰謀』がジョージ・ルーカスの手で制作されたが、興行的には大失敗。『ブレイド』がヒットしてマーベル映画の魅力が知れわたることになったのは1998年のこと。しかし、この映画の成功が後の躍進のきっかけとなった。時間を要したとはいえ、コミックからキャラクタービジネスへの転換がなければ、今のマーベルはなかったというのはまちがいない。
◇
『MARVEL 倒産から逆転No.1となった映画会社の知られざる秘密』(チャーリー・ウェッツェル、ステファニー・ウェッツェル著、上杉隼人訳、すばる舎刊)は、マーベルの始まりから現在にいたるまでのドラマチックな歴史を、創業者のマーティン・グッドマンや、グッドマンの甥で、長くマーベルのクリエイティブの核を担ったスタン・リーなど、キーパーソンの証言をもとに振り返っていく。
自社の本業が時代に合わなくなった時、どう対処するか。
創造性と売上確保のバランスをどうとるか。
長年顧客に愛されてきた商品の持ち味を失わず、常に新鮮味あふれるものにするにはどうすればいいか。
幾多のビジネスで課題とされているこれらの問いは、どれもマーベルが直面し、答えを出し続けてきた問いである。一読してみると、自分のビジネスの参考になる部分は多いのではないか。
(新刊JP編集部)
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