日本の家づくりはもっとコストを抑えつつ、より理想的なものにすることができる――。
テレビ番組『大改造!!劇的ビフォーアフター』に「匠」として8回出演、現在では中国のリフォーム番組にも出演するなどの人気建築家・本間貴史さんは、著書『理想の注文住宅を建てたい!: 価格の見える家づくりの教科書』(東洋経済新報社刊)で、「CM分離発注方式」による家づくりを提唱する。
コストの見える化を実現し、建て主にとって理想に近い住宅を適えてくれる「CM分離発注方式」とは一体どんなものなのか。お話をうかがった。
――まず、本書を執筆された経緯・動機について伺えればと思います。
本間:私は2001年からCM分離発注方式に取り組み、この20年間に合計135件のプロジェクトをCM方式で実施してきました。
CM分離発注方式は、欧米など、世界では既にメジャーな建設生産方式の一つなのですが、まだ日本では緒についたばかりと言ってよいと思います。
実際にCM業務に携わってみて私が感じたのは、この方式は「建て主・専門工事業者そして建築家など工事関係者全てにメリットのある方式である」ということです。もちろん多少のデメリットも存在しますがメリットの方が遥かに大きいのは間違いないと思います。なぜならば135件ものプロジェクトを完成させることができたのが、その証だと実感しているからです。
しかし、日本において、CM分離発注方式を実施可能な設計事務所の数は極端に少なく、現状では非常にマイナーな建設生産方式と言わざるを得ません。ましてや素人の建て主さんにとっては、なお更知る術のない方式となっているわけです。
それならば、マンガでの解説を加えた分かりやすい書籍を出版することで、一般の人にも広くCM分離発注という建設生産方式を知って頂きたいと考えて本書を執筆することにしました。加えてプロの建築士の方々にも手に取って頂けるように本書の後半部分は、CM方式に興味のある建築士向けの内容も盛り込んでいます。
――CM分離発注方式は世界では広がっているにも関わらず、なぜ日本では広まっていないのでしょうか。
本間:既得権益を守りたい業界団体の存在が大きいと私は感じています。
2001年に私がCM分離発注方式を始めた頃、県の土木部から会議に呼ばれ、行ってみると地元の建築関連団体の会長さんたちがズラリと並んでいて、ヒアリングを受けました。私は正直に返答をしましたが、彼らの反応は否定的なものでした。こうしたものが、CM方式定着の妨げになっていると考えています。ただ、もちろん、他の理由をあげる方もいるでしょう。
現在は国土交通省のホームページを見るとCM方式を普及させたいという意向が表明されているので、これからは普及していくと思います。
――「CM分離発注方式」とはこれまでの主流の方式とどのような部分が違うのか、どのような部分がメリット・デメリットなのか教えてください。
本間:これまで主流だった方式では、建て主さんはハウスメーカーや建設会社などの総合建設業者1社に工事の全てを一括発注するケースが多かったと思います。すると、総合建設業者は、基礎工事は基礎屋へ、衛生設備工事は設備業者へ、建具工事は建具屋へ...という具合に、およそ20工種程度の専門工事業者へ下請けに発注しています。 一括発注における建て主さんのメリットは、責任の所在が分かりやすいことです。一方で建て主さんのデメリットは、工事見積書にブラックボックスが存在することです。
「CM分離発注方式」では、建て主さんは20工種程度の専門工事業者とバラバラに契約します。基礎工事は、基礎屋と契約、衛生設備工事は設備業者と契約、建具工事は建具屋と...という具合に、工種ごとに分離発注するんですね。だから、「CM分離発注方式」における建て主さんのメリットは工事費の価格構成の透明性が向上することなんです。
一方のデメリットは、専門知識や経験といったものが建て主さんに必要であること。また、責任の所在が分かりにくいことです。ただ、実務上、デメリットの部分は我々建築家が建て主さんを支援することで、多くの部分をカバーしています。
――「工事費の価格構成の透明性が向上する」というところでは、この本の漫画でも建て主の山田さんがタイル張りのお風呂や薪ストーブなど、いろいろなオプションをつけようとして、その価格に驚いてしまうシーンがありました。そこの本当の内訳が分からないと。
本間:そうですね。総合建設業者やハウスメーカーは含み益を乗せて見積もりを出すので、「本当はいくらなの?」ということが分かりません。例えば薪ストーブが50万円とあったとしても、本当に50万円か、という話なんです。
――なぜこれまで価格構成が見えないようになっていたのか、見える化することで建て主にどんなメリットがあるのか教えてください。
本間:総合建設会社は、建て主さんに提示する工事見積書の他に、実行予算書という2種類の見積書が存在します。実行予算書には、総合建設会社が下請けの専門工事業者等に発注する費用が明示されており、通常は社外秘です。
例えば、総合建設会社は、アルミサッシを建材店から仮に90万円で調達するとき、実行予算書には90万円と記されますが、建て主さんに提出する見積書には140万円などと書かれたりします。この差額50万円は、総合建設会社の利益になるわけです。
これは含み益で、決して違法ではありませんが、設備や内装など全ての項目に及ぶと膨大な金額になったりします。これらをブラックボックスと呼んでいるのです。
CM分離発注方式では、建材店や専門工事業者と直接契約するので、見積書も含み益が入り込み難く、しかも中抜き状態になります。つまり価格構成が「見える化」され結果的にコストダウンに繋がりやすくなるのです。
建て主さんは、何にいくらかかっているのかが具体的に分かりますので、仕様の決定も格段に行いやすくなります。これが建て主さんの具体的なメリットです。
――本間さんは2001年よりCM分離発注方式に取り組んでこられたとのことですが、この20年間の手ごたえについてはどのように感じていますか?
本間:はじめの頃は「我々建築家の立ち位置」や「業務書式」など、課題を手探りで整理しながら行っていましたので、正直言って非常に苦労しました。それでも建て主さんのメリットは1件目から着実に実現できたと思います。そして、今年の3月までの間に合計135件が竣工しており、多くの建て主さんに選ばれ続けたことは、私にとって大きな自信になっています。
特に東日本大震災直後の建設工事では、旺盛な震災復興需要によって、建設コストの大幅な高騰や工期の遅延などの大きな問題が発生しました。ここでもCM分離発注方式が様々な問題解決手法の一つとしても機能することができたプロジェクトにおいては、大きな手応えを感じています。
――分離発注によって工期に影響が出たりはしないのですか?
本間:工期には、適正工期というものがありまして、それを守るように工事を進めていきます。ただ、適切に品質を保つという意識も念頭にありますので、分離の方が一括方式よりも伸び気味になる傾向はあるかもしれません。
また、東日本大震災の際には、逆に工期を一括発注よりも短くすることができました。それはちょうど手が空いていた業者を探して、それぞれ発注している関係でそういうことができたわけです。
――CM分離発注方式による専門工事業者側の意識の変化はありますか?
本間:はい。実は専門工事業者にとってもメリットは大きくて、一度工事に参加すると継続的に参加してくれる業者も多くいます。
なぜかというと、私が行っているCM分離発注方式では、専門工事業者の支払いの条件が原則として出来高に応じた月末締めの翌月払いという「30日サイト」を採用しています。だから支払いの条件が良い。さらに竣工後も、建て主さんは専門工事業者に直接連絡してメンテナンスを依頼しているようなので、下請けではなく元請けの意識が芽生えてくるんです。
――竣工後も業者と建て主の関係がつながっていくわけですね。
本間:そうなんです。例えば、壁を塗るという作業は建築士が入らなくてもできますから、建て主さんが直で専門業者にお願いをしているということもあるようです。だから、ときどき私たちが寂しい思いをすることもあるのですが(笑)。
――第6章ではCM分離発注を取り入れた際のことが書かれていました。これまでの常識を変えることはどの業界でも難しいと思いますが、変えることに諦めそうになったときはありましたか? また、そういう気持ちになったとき、どう乗り切りましたか?
本間:私がCM分離発注方式に取り組みはじめた頃は、たしかに悩み苦しんだこともありました。しかし、世界ではメジャーな建設生産方式でもありますし、いずれ日本でも定着するものと信じて疑いませんでした。
また日本において、少ないながらもCM分離発注方式に果敢に取り組む全国の建築家仲間の存在は心強かったです。年に数回、仲間と意見交換をすることが、私の継続へのモチベーションになっていたと思います。
(後編に続く)
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