「名古屋界隈の書店からすべて消えた」
「初版単行本の出版社はしばらくモデルとなった企業からの広告を止められた」
「自動車業界に近いある経営者が"99%事実"と言った」
10月4日に刊行された『トヨトミの野望』文庫版(梶山三郎著、小学館刊)の解説文で、夏野剛氏(慶應義塾大学特別招聘教授)は本作にまつわるこんな噂を紹介している。『トヨトミの野望』といえば、2016年に刊行され、自動車業界・経済界が騒然となった"怪書"である。
この小説の舞台は、愛知県に本社を置く世界的な自動車メーカー『トヨトミ自動車』だ。
「尾張の鍛冶屋」からスタートし、日本を代表する自動車メーカーとなった「トヨトミ自動車」で、フィリピンに左遷されていたサラリーマン武田剛平が日本に凱旋。めきめき頭角を現し、トヨトミを世界的企業にまで押し上げていく。海外のグリーンメーラーからの揺さぶりを跳ね返し、潤沢な資金を惜しげもなくロビー活動につぎ込んで自動車大国アメリカでの市場を獲得。さらには資本主義の論理が通じない難攻不落の中国市場にも打って出る。大企業ならではのスケール感たっぷりなビジネスを追体験できるダイナミックな国際経済小説というのがこの小説の「表の顔」である。
この表の顔だけに注目して読んでも十分楽しめる。しかし、この小説には読者に「邪推」させる要素があるのだ。
左遷先のフィリピン・マニアから創業一族の薫陶を受けて舞い戻り、出世の道を歩み始めた武田剛平とよく似たキャリアを持ち、それこそ作中で描かれている武田のような豪放磊落な人柄で知られた経営者が、某自動車メーカーにはかつて存在した。
もちろん、この作品はフィクションとして書かれている。だから、美人局に引っかかりヤクザの事務所に連れ込まれたトヨトミ自動車創業一族の御曹司を救出する印象的な冒頭シーンなども、おそらく武田の豪快な人柄を表現するための作り話なのだろうが「あの人なら、そのくらいやりかねないよな」という気もするのである。
この他にも『トヨトミの野望』の登場人物の多くからは、自動車業界、経済界で名を馳せた実在のビジネスマンたちの顔が透けて見えるキャラクターが多数登場する。そして、彼らにまつわる記述はかなり「きわどい」。
「どこまで信じていいかわからない」という人もいれば、「99%実話」という人もいる。虚実織り交ぜているようではあるが、エピソードが作中の時代背景や経済状況と奇妙に符合するため、「暴露話?」と思わせられるところもある。経済小説、企業小説の枠を超えたスキャンダラスな魅力が、刊行当時多くの読者をひきつけ、自動車業界の関係者を騒然とさせたのだ。
ともあれ、刊行時に瀧本哲史氏(元京都大学客員准教授・故人)が「肩の力を抜いて純粋なエンターテインメントとして読む方が正当だ」としていたように、まずはフィクションとして読むべきだろう。今回文庫化された『トヨトミの野望』だが、すでにAmazonなどネット書店では品薄状態となっており、変わらぬ注目度の高さがうかがえる。また、巻末では「続編」の刊行が予告されており、今後の展開にも注目だ。
(新刊JP編集部)
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