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批判する力はメモを取ることから始まる 前川喜平×谷口真由美対談(2)

  • 書名 ハッキリ言わせていただきます!
  • サブタイトル黙って見過ごすわけにはいかない日本の問題
  • 監修・編集・著者名前川喜平、谷口真由美
  • 出版社名集英社

理不尽だらけの日本社会とどう向き合うべきか。
元文部科学事務次官として文部科学省の事務方のトップだった前川喜平氏と、法学者で全日本おばちゃん党代表代行の谷口真由美氏による対談本『ハッキリ言わせていただきます!』(集英社刊)が、出版2週間あまりで重版になるなど話題だ。

本書は「批判の方法」に始まり、教育や政治、社会、憲法などさまざまなテーマを二人が論じていく。関西弁で次々と問題にツッコミを入れる谷口氏と、自身のバックボーンを下敷きに淡々と政と官の内実を語る前川氏。その二人の切れ味は本書の読みどころだ。

今回、「プチ全国ツアー」として、2月下旬に大阪・東京・那覇で行われた出版記念イベントの合間をぬって、二人にお話をうかがった。その後編だ。
(新刊JP編集部)

対談前編はこちらから

■引っかかったことはメモをする。忘れないことが批判力につながる

前川:安倍さんは話がズレていることが多いですよね。そして、そのズレに合わせようとして役人や下の人間が一生懸命取り繕うみたいなことがあちこちで起こる。

谷口:厚生労働省の統計不正問題もそうじゃないですか?

前川:「アベノミクス新・三本の矢」(*5)という公約に「2020年にGDP600兆円の達成」がありましたよね。

(*5...安倍内閣の経済財政政策
https://www5.cao.go.jp/keizai1/abenomics/abenomics.html

谷口:言うてましたね。

前川:また、「希望出生率1.8がかなう社会の実現」というのもありました。

谷口:言うてました。

前川:何年経っているのでしょう、と言うね。

谷口:そういえば、旧三本の矢の時は「成長戦略」の中で「女性活躍」がキーワードになりましたよね。あの矢はどこに落ちてしまったんやろう。

希望出生率もそうですし、旧三本の矢の時に女性活躍の推進とともに、「3年間抱っこし放題での職場復帰支援」政策(*6)というのが出されかけたんですよ。それを聞いたのがちょうどゴールデンウィーク前で、共同通信から寄稿してくれと言われたので「3年間抱っこし放題って言いつつギャン泣きしている赤ん坊を連れてカルチャーセンター行けってどういう理屈やねん。子どもを預ける場所がないから困ってるねんやんか!」みたいなことをやんわり書いたんですよね。
それで、あの政策は「女性手帳」の導入とセットで検討されていて、そちらについても厳しく批判したんですけど、その後いつの間にか「3年抱っこし放題」も「女性手帳」もなくなったんですよ。

確かに女性活躍推進法はできましたけど、10年間の時限立法ですからね。私はそういったことを追いかけて知っているから批判もできますけど、ほとんどの人は忘れてしまっている。三本の矢と新三本の矢、合わせて六本の矢はどこに行ってしまったのか。なんでテレビのワイドショーでそういった特集をしつこくやらへんのやろと言いたいですよね。

(*6...内容は育児休暇を3年まで延長するというもの)

――忘れてしまうとファクトの検証ができませんからね。

谷口:そうですね。皆さん忘れてしまうくらい忙しいのでしょうけど。

前川:私が思うのは、安倍さんも菅義偉さんも、その周囲にいる官邸官僚と呼ばれる人たちもみな、日本国民は忘れっぽいと思っているのではないかと思います。目のを引くことを言えば食いついてくれて、しばらくすると向こうから忘れてくれるというね。

――そうなると市民側は騙され続けるままというか。

谷口:ええようにされてますよね。「喉元を過ぎれば熱さを忘れる」とは言いますが、喉元を過ぎても熱かったら熱いと言い続ける人が増えないと、良くなる兆しは見えてこないですよね。

――では、私たちが批判する力を身につけるにはどうすればいいのでしょうか。

前川:まずは「忘れないこと」ですね。忘れてくれると思われているならば、忘れちゃいけないんです。

谷口:でも、しつこく覚えている人間って、しんどいと思うんですよ。覚えているからこそのしんどさがあって、「結局どういうことだったんだろう」と悩んでおられると思うんですけど、覚えているからこそ指摘できると思うんですよね。

今、ビジネスの世界でもメモが再ブームになっているそうですが、官僚はメモ魔の最たるものですよね。

前川:そうですね。メモ魔です。

谷口:皆さんも手帳にメモを取っておいて、引っかかった言葉を書いておくといいと思うんですよね。その後、「あれはどういうことだったっけ」ということがあった時に読み返して、言っていることとやっていることが違えばそれを指摘できます。

今なら分かりやすいのが消費税です。2019年10月に10%に上がりますが、何のためにあげるって言ってましたっけ。それはともかく、9ヶ月間クレジットカードなどでキャッシュレス決済することで5%ポイントバックするんですよね。でもね、9ヶ月間って何?とか、ポイントバックのための設備投資費でどのくらいかかるの?とか、そのポイント還元の広報のために400億円くらいかけるんですよね。だったら今ある予算の中で消費税をあげないで普通にやっていただくほうがお得なんちゃうんかと思うわけですよ。

それにね、ポイントバックするためにはクレジットカードをつくれと言われるわけですよね。でも、クレジットカードをつくれる人ってある程度安定した収入がある人たちなんですよ。本当にポイント還元が必要な人たちはそこの層ではないですよね。そんなん考えたら分かるやろ、と。国民はポイント還元あるから消費税上がっても大丈夫と思い込むんじゃないかと仮に思っているなら、それは馬鹿にされているだけですよね。

だから引っかかったことはメモをするんです。それで友達に聞いてみる。会話や対話の極意って疑問形で聞くことだと思うんですね。「知ってる?」「あれどうなってんの?」って、仮に自分が知っていても聞くんです。聞かれた方は何かしら答えないとあかんでしょ。そうやって喋らせることが大事で、相手に考えさせるきっかけになるんです。もしその答えが違っていたなら「いやいや、そういう話ちゃうみたいやで」と話を続けると、批判力が磨かれる。分かっている人は疑問形で聞くことが一つのステップだと思いますね。

■「なんでやろ」と考えへん組織にイノベーションは起こりようがない

前川:谷口さんは大学でもそういう風に聞きながら授業されているんですか?

谷口:そうです。学生さんに聞きますね。例えば、象徴天皇の「象徴」ってどういう意味?とか。そうやって喋らすことで「なるほど」と思ってもらえる機会が増えるんです。だから、私たち全日本おばちゃん党では疑問形で聞くということを極意にしましょうと言ってるんですよ。ゴミ出しに行ったときに近所のお友達に会ったら「安保法制って知ってる?」って聞いてみるとかね。

前川:まさにアクティブラーニングですよね。「主体的・対話的で深い学び」と文部科学省は言ってるけれど、疑問形で聞くというのはそういうことですよね。自分は分かっているけれど我慢して聞いて相手に考えさせる。これは辛抱の要ることですよね。

谷口:そうなんですよね。でも、知っている側は知らない側に合わせないと行けないと思うんです。知っている知識を全部話したがる人も結構いますけどね。

前川:確かに学びは疑問から生じてきますよね。

谷口:今、やたらイノベーションって言いますけど、「なんでやろ」と考えへん組織にイノベーションは起こりようがないですよね。批判を許さない、意見を許さない組織ってありますけど。

前川:会社にしても役所にしても、そして学校にしても先祖返りといいますか、考えさせない方に世の中が動いていると思うんですよ。それはひじょうに危険に思えてならない。

私が課長補佐や課長になる頃の文部科学省の政策は、一人一人の子どもたちが自分で考えるということが大事であり、考えて判断して行動できる人間に育てていきましょうという方向性を持っていました。今でもその考えの基盤は変わっていないけれど、政治判断で考えさせない方向にいっちゃっている。それが極端な形で出ているのが、今の道徳教育なんですよね。

谷口:それは危ないですよね。考える余地がないということは。人権にまつわる講演会でよく「普通」「当たり前」「常識」「一般的」「皆言っている」という言葉を使わずに説明をできますかと聞くんです。

例えば「どうして空は青いの?」と子どもに聞かれたら、「そんなん、昔から青いねん」とか言ったらそこから広がらないじゃないですか。昔教えてもらったけど忘れたなら、そう正直に答えて「一緒に勉強しよか」って言えばいいんですけど、賢いふりをして「そんなん当たり前やん」って答えたらそこで終わっちゃいますよね。

世の中の「当たり前」を疑うことがなくなれば、それは停滞しますよ。例えば「男女平等だからトイレは男女同じ数」って言うけれど、国連の基準でいうと災害時のことを考えた場合、男性1に対して女性3設置しないといけないんですよ。これ、行楽地のサービスエリアを見れば分かると思うんですが、混むのは女子トイレなんですよね。でも、形式的な平等に捉われると1:1で置いちゃう。

去年の西日本豪雨の際、避難所で倒れたのはおばあちゃんが多くて、それは何故かというとトイレが混んで足りないとか、遠いところにあるから大変とかで、水分を取るのを控えて脱水症状になってしまったから。数を一緒にしていればそれでいいという形式に捉われるとそういう問題が出てきてしまうんです。

前川:本当の平等って何だろうとちゃんと考えられるかどうかの違いですよ。

谷口:でも考えないケースが多いんですよ。「人権」や「差別」というのも、形式的なものしか教わらないからみんな同じ回答をしてしまう。でも、言葉は外側にあるもので、その中身がちゃんとあるんです。

クルミのように硬い皮に包まれているけれど、本当に大切なのは中身なんですよね。

――では最後に、本書をどのような人に読んでほしいですか?

前川:「私、ボーっと生きているかも」と思っている人たちに。

谷口:チコちゃんに怒られそうな人たちですね(笑)。でもボーっと生きている自覚のない人がほとんどだと思います。だからはじめの話に戻りますが、都会の鳩みたいな人に読んでほしいです。

前川:この本を読むとご利益があります!とかね。現世利益を出したほうがいいのかも。

谷口:いっさい現世利益ないですけどね(笑)。でも精神的便秘感がなくなるというか、モヤモヤしているものがスッキリするかもしれない。

前川:それはいいですね。モヤモヤしている人は多いですから。

(了)

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