2016年に出版された『ホラクラシー 役職をなくし生産性を上げるまったく新しい組織マネジメント』(PHP研究所刊)と、2018年に出版された『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版刊)という2冊の本は、組織マネジメントのあり方に大きな衝撃を与えた。
この2つの本が目指す組織――「トップダウンに代表されるヒエラルキー型組織ではなく、命令・指揮系統のないフラットな組織構造」は、組織の理念を共有しながら個々が管理されず自由に働くことができる、まさに21世紀の理想的なマネジメントスタイルと言える。
しかし、いくら理想的であっても、現代の一般的な組織構造(ヒエラルキー型組織)とはかけ離れているため、「そんなことが可能なのか?」と疑問に感じたり、「業績が立ち行かなくなるのでは?」と考える経営者も少なくないだろう。
日本でこの「ホラクラシー」と「ティール組織」を実践している企業の代表的な存在といえば、ダイヤモンドメディア株式会社だ。不動産ITサービスを手掛けており、「管理しない」マネジメント手法はメディアからも注目を集める。
そんな社を率いる武井浩三氏 の著書『管理なしで組織を育てる』(大和書房刊)では、より良い組織、関わるすべての人が幸せになれる組織をつくるために試行錯誤してきた道のりがうかがえる。
ここでは、その一部を取り上げよう。
まずは目標や予算について。普通の会社なら、各事業部や各個人にそれぞれ目標となる予算が割り当てられ、それを目標にして各々が売上を立てていくというのが一般的だ。
しかし、ダイヤモンドメディア社は予算・目標を固定することはない。あるのは将来の売上・利益の予測である。
武井氏によれば、実はかつて事業単位で売上目標を立て、四半期ごとに進捗を確認して打つ手を考えるという形での目標管理を試みたことがあるそうだ。しかし、どうにもフィットしなかった。
「フェーズによっても異なるだろうが」とした上で、数値的な目標を作ることにこだわると、予測のつかない新しいことに手が出しにくくなってしまうと述べる。
ダイヤモンドメディア社にとって、売上や利益は良い会社を作るための「手段」。もちろん、できる範囲でのシミュレーションは何度も行うが、そこで目標を固定化することなく、振り幅を広く持たせる経営を実践しているのだ。
経営者としても、そしてスタッフとしても気になるのが「給料」だ。
給料は基本的にその人の持つスキルであったり、もしくは年齢や役職であったりというところで決まるもの。しかし、フラットな組織であるからこそ、給料によって序列ができてしまうと、そのフラットさがなくなってしまうのではないか?
ダイヤモンドメディア社の場合、まず「役職や目標達成度で給料を決めない」。では、何で決めるかというと「話し合い」だ。一つの売上は誰か一人の手柄ではない。営業担当者はいるかもしれないが、サポートする人もいれば、そのシステムを運用している人もいる。そこで「市場の原理」に任せてみることにしたのだ。
本書で書かれている「話し合い」での給料決めは、興味深い道を辿っている。
まず起こったのは「バブル」だった。当初は各自もらうべきだと考える給与額を自己申告し、それを基準に話し合いをした。その結果、批判合戦や褒め合いで「バブル」が発生し、給料額が乱高下してしまったのだという。
それは避けたいということで、その人が給与の希望額を提示するのではなく、周囲がその人の実力に対して妥当な額を話し合うことにした。さらに会社のビジネスモデルに最適な人件費割合を算出し、そこから予算的にも妥当で納得感のある額を認識してもらうようにしたのだ。
「正しい給料の額は存在しない」と武井氏。個人のライフステージに合わせ、近年話題のベーシック・インカムに似た制度を取り入れるなど試行錯誤を続けている段階のようだ。
3つ目は、コミュニケーションについて取り上げたい。
フラットな組織ということは、誰かが誰かに指示をするような一方的なコミュニケーションではなく、全体が密にコミュニケーションを取り合って仕事を進めることが必須になる。
となると大事なのが日常的なコミュニケーションだ。武井氏は、本書で「日常的なコミュニケーションが活性化する方法」として以下の3つを説明している。
1、ITを活用したコミュニケーション内容の可視化
時間や場所に縛られない働き方に必須なのがオンラインツール。ダイヤモンドメディア社では「Slack」を使い、チャットを通して情報をやり取りする。ただ、それだけでは情報がどんどん流れていくので、Googleドライブや社内wikiなどを使い情報をストックし、スタッフなら誰でもアクセスできるようにする。
2、雑談しやすい環境づくり
オンラインではなかなか本音を言えないという人もいるだろう。何気ない雑談でポロッと思っていることを言う。そんな場を作り出す工夫もなされている。例えばゲームや楽器など、リラックスできるツールが置いてあったり、ブース的な物理的コミュニケーションを阻害するものもオフィスからなくなった。
3、ブレイン・ストーミングで力関係の偏りをなくす
肩書きをなくして組織をフラットにしても、集団の中に力関係ができてしまうのは自然なこと。能力の高い人や社歴が長い人、年齢も偏りを生んでしまう。その力関係の偏りを克服するための工夫として、武井氏はブレイン・ストーミングを活用しているという。確かにその場ではフラットに発言できるし、それがきっかけで会話が生まれたりもする。
ダイヤモンドメディア社のコミュニケーションの特徴は「1対多」よりも「多対多」を大切にしているということだ。全員が発信者で、全員が受け手。まさにこれこそが「ホラクラシー型組織」の特徴と言えるものだろう。
本書を読むと、「ティール組織」や「ホラクラシー」といった「管理しない組織」には試行錯誤が不可欠であり、会社のメンバーや周囲の応援者たちの協力なければ実現は難しいということが容易に理解できるだろう。
しかしその一方で、この組織が上手くハマれば――というよりも、考え方や理念が浸透すれば個々でも全体でも結果を出し続けることができる最強の組織にもなりえる。
本書は「ティール組織」「ホラクラシー」を目指す企業にとっての貴重な"記録"である。
(新刊JP編集部)
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