出版不況といわれるこの時代にベストセラーを連発している出版社・アスコム。
実用・ビジネスジャンルでヒット作を連発。2013年、2014年には2年連続でミリオンセラーを出版している。
なぜ、アスコムは売れる本を作れるのか? その秘訣を最も知っている人物である取締役編集部長の柿内尚文氏に「出版業界の課題」と「ヒットの作り方」についてお話を伺うことができた。
その後編では、柿内氏の半生から始まり、出版業界の未来をどう考えるかなどの話をうかがっている。
(取材・文:金井元貴)
柿内:中学生のころから、とにかく流行っているものが大好きでした。テレビ、ファッション、音楽、雑誌......時代を追いかけ続けていた学生時代でした。
中学高校時代は特にファッションに関心があったので、ファッションデザイナーになりたいと思っていたんですよ。当時はデザイナーズブランドが大ブームで、僕も渋谷の丸井のセールの行列にもよく並んでいました(笑)。大学に入ったらダブルスクールでファッションの専門学校に行こうと思っていたんですが、大学に入学してすぐに自堕落な生活に染まってしまって(苦笑)、ダブルスクールどころか、大学の授業にもほとんど出ないような生活をしていました。時代がバブルだったのもあって、とにかく遊んでばかりのダメ大学生でした。 大学の専門が社会学だったんですが、卒論のテーマも「遊び」にしたくらいです(苦笑)。
柿内:そうです。広告代理店で営業をしていました。ファッション業界への道を諦めたときに、次に目が行ったのが、当時すごくキラキラしていた広告業界でした。ミーハー心だけで、志望したという感じです。ただ、営業ではなく、マーケティングを志望していたんですが、配属されたのは営業部でした。
柿内:そうなんです。希望した部署につけなかったことが、後々自分の仕事人生にとって大きな影響を与えているんですが、もちろんその当時は知る由もありません。就職して一番驚いたのは、個性的ですごい人がたくさんいたことです。自分がいかに凡人なのか、ということを思い知らされました。僕の仕事人生はここからずっと「凡人」というキーワードがついて回ることになるんです。
仕事は正直きつかったです。学生気分が抜けないまま就職したことがその理由なんですが、仕事は嫌で嫌で、結局2年で辞めてしまいました。なるべく残業しないように、休日出勤もしないように。でも、どうしてもしないといけないときがあるので、そのときは人生に負けた気分で仕事に出ていました。
柿内:4ヶ月くらいフラフラしていましたね。それで、そろそろ就職しなきゃというところで、編集者だった父親の生活がすごく自由そうに見えていたし、雑誌も好きだったので、出版業界に行こうと。
転職したのはぶんか社です。そこに5年くらいいました。当時『ペントハウス』という雑誌の日本版を創刊するタイミングで、ちょうど人を集めていたところだったんです。
柿内:それが結構肌に合ったんですよ。創刊に向けて会社はすごく勢いがあって、雰囲気も自由で、毎日がお祭りみたいな感じでした。
柿内:自分が考えたことがそのまま雑誌の企画になることですかね。とにかく自由を感じました。
柿内:直属の先輩が指導してくれたんですが、その先輩がとにかく僕の出すアイデアを全部否定するんです。ただ、そうなると別のアイデアを考えるじゃないですか。それをまた否定される。そのことがすごく勉強になりましたね。この視点がダメなら、別の視点。あのときにやった多様にものを考える訓練は今にも生きています。先輩とは信頼関係があったので、きつかったけど楽しかったです。
柿内:よく言っているのは、「クリエイティブの仕事に大切なのか性格の悪さ」という話をしています。肯定した視点で見るのではなく、否定した視点で見る。そうすれば色んなものにツッコミを入れられますし、ダメなところを考えるとそれまでなかった代案の発想が出てくるようになる。ただ、コミュニケーションで性格を悪くしちゃダメですけど。
柿内:クリエイティブについては厳しかったです。それと、ここでは言えないようなこともたくさんありましたし、無茶も一杯しました(笑)。とにかく失敗ばかりで、何度も土下座しましたし、時には取材対象者から殴られたこともありました。ただそれでも仕事は面白かったです。自分の考えがそのままページになるのは楽しかったですし、その経験がなければ、この仕事は続けていなかったかもしれないです。
柿内:読んでいただける対象をできる限り絞らないようにしています。いわゆるターゲットです。 たとえば、『「のび太」という生きかた』という本がいま売れているんですが、この本は出版から14年たっていて、今年9万部増刷をして、32万部に到達しました。
『「のび太」という生きかた』は最初、20~30代のビジネスパーソン向けに作っていた本なんです。でも今一番この本を読んでいるのは小学生なんですよ。読書感想文や課題図書として読まれています。
ちなみに、書籍のCコードはビジネス書なので、ランキングはビジネス書に入ります。すると、なるほど、この本は小学生にとって初めて読むビジネス書になるんだなと。それも新たな価値ですよね。
ターゲットを「絞る」よりも「広げる」。それはどういうことかというと、届ける順番は決めるけど、読者層が広がらなければベストセラーにはなりませんから、あらかじめ広がった時のことを考えて本づくりをする。だから、『「のび太」という生きかた』のような広がりが可能になるんです。
柿内:あとは差別化を考えないということです。よく僕の本づくりは「普通とは逆のやり方が多い」と指摘されるんですが、それは逆ではなく、時代がすでに変わっていて、前のやり方が通用しなくなっているだけなんだと思います。
差別化の話でいえば、いくら差別化をしても、もう本はそこまでちゃんと見比べられていないと思うんですね。というのも、本の選び方がだいぶ変わっていて、書店で見比べて買うというよりは、広告やプロモーションを見て、もう先にほしいものが決まっているというお客さんの方が多いと思います。 だから、差別化を考えずに、この本が純粋にお客さんにとって価値のあるものになるということをとにかく念頭に置いてつくるようにしています。類書のデータや著者の実績データもあまり参考にしませんね。
柿内:2008年にアスコムは民事再生しているんですが、それですね。会社の仕組みを一から作らないといけなくなったので。
民事再生後は、信頼もない、お金もない。人も足りない。その中で僕らは弱者の戦略を取って、局地戦を展開することにしました。書店でいえば特定のジャンルでヒットを出すということです。
柿内:そうです。実用ならば戦えると思いましたし、一つの棚に絞った方が結果もでやすい。そこで実績が出せれば、別の棚に行く、というやり方ですね。トライ・アンド・エラーを繰り返してノウハウをためていくことで、再現性のあるつくり方、売り方が分かってくるんです。
凡人がどうやって戦うかを試行錯誤して、仕組みを作ってきました。それがこの10年です。
柿内:好きですね。ちょうど今、アスコムの中で企業のマーケティングやプロモーションをサポートする事業を立ち上げまして、順調に伸びているんですけど、スタートアップのような雰囲気ですね。
この事業を立ち上げたのも、出版社が持っているノウハウをもっと活かしたと思ったからです。コンテンツマーケティング、ストーリー戦略、戦略PRなどがビジネスのキーワードになっていますが、これらは実は出版社が一番得意としているところではないのかと。
出版社がもっているノウハウが企業のマーケティングやプロモーションの課題解決につながるのであれば、それはどんどんお手伝いすべきではないかと思うんですね。そこに出版業界の新たなビジネスチャンスが埋まっている。
柿内:大変ですけれど、すごく手ごたえがあります。
柿内:コンテンツビジネスはますます広がりをみせているし、可能性はますますあると思います。出版という強みを活用して、事業の場を広げていくのが今やりたいことであり、やっていることです。 コンテンツのアウトプット先をどう作るか、ですね。だから他業界との協業をいろいろと企画しています。
話はちょっとずれるかもしれませんが、僕がいつも手本にしているのが、「ほぼ日手帳」なんです。手帳って最初にデジタルに移行すると言われていたものだと思うんです。でも、「ほぼ日手帳」は紙の手帳の価値を再発見してくれて、100人に100通りの手帳の使い方があると伝え続けてきました。新しい価値やその使い方をちゃんと伝えることができれば、魅力的に映るということを実践しているということです。
ここにコンテンツビジネスの鍵があるんじゃないかと思っています。伝えることに対して劇薬はないと思うので、その努力を積み上げていくということが一番大切なのかなと考えていますね。
(了)
アスコム取締役編集部長 編集者
慶応義塾大学卒 広告代理店を経て出版業界へ。
これまで関わってきた本の多くがベストセラーになり、その累計部数は1000万部を越える。
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