仕事のやりがいが見つからない、上司とソリが合わない、給与が低い……働いている以上、何の悩みもないという人は、かなり稀だろう。
だが、悩みを挙げはじめたらキリがないのも事実。
ある程度の割り切りをして、まずは手足を動かしているうちに、周囲の自分に対する見方が変わり、結果として悩みや不満が解消されていくということは少なくない。
『ゼロポイント』(秀和システム刊)の著者、天野雅博さんは、「養護施設育ち、三度の少年院行き、中卒」という生い立ちの持ち主。そんな彼が、悩まず働くために辿り着いた、ある境地とは。
■少年院行きを経験した経営者が語る 仕事やお金の捉え方
――インタビューの前半で、天野さんの壮絶な半生についても少し触れていただきましたが、文字どおり「裸一貫から登りつめてきた方なんだな」という印象を持ちました。
天野:中学を卒業した直後、ある炉端焼き屋に就職面接を受けに行ったことがありました。そこで僕に両親がいないこと、少年院に入った経験があることを伝えたところ、あからさまに嫌味をいわれ、就職を断られたことがあったんです。
もちろん、そのときは腹が立ったし、「いくら真面目に働こうとしても、結局、世間はこんなものなのか」と悲しくなった。
でもこの一件があったからこそ、「嫌なことをいってくる人間の下で、自分が悪くもないのに頭を下げながら生きていくのはごめんだ」と心底思い、自分の信念に正直に生きていこうと決心できた。
それ以来、僕は「誰かに雇われて、給料をもらう」という形で働いたことは一度もありません。男性化粧品、酸素バー、ペット保険など、当時はまだ誰も手を出そうとしなかった分野でいち早く起業して稼ぎを得る、ということを繰り返しながら生きてきました。
――何かアイディアはありながらも、なかなか行動に移せず悩んでいる若者にアドバイスするとしたら、何と伝えますか。
天野:生き方に迷っている若者からアドバイスを求められたときに、僕がよくいうのは「業務をするのではなくて、働きなさい」ということ。
先ほど、僕は一度も給料をもらった経験がないという話をしました。その結果、自然と身についたのが、この「業務をするのではなく、働く」というスタイル。いわれたことだけをやって良しとするのではなく、生産性を上げ、利益をあげることにこだわる。これが「働く」ということです。
このことだけを頭に入れたら、あとはまず働いてみる。立ち止まっているときほど、人は悩んでしまうものなので。
――「業務をする」と「働く」の違いについて、さらに詳しく聞かせていただけますか。
天野:業務をこなしているだけの人と、働いている人。その違いは、自分の意思と行動が一体になっているかどうかによって生まれると思います。どんなに立派な意思をもっていても行動が伴わないなら、それは「働いている」とはいわないのです。
ちなみに僕自身、この食堂をオープンして約1年3ヶ月経ちますが、店からは一切給料を受け取っていません。なぜだと思いますか?
これから何十年と利益を出しつづけられるだけのしっかりとした仕組みを作り上げるにあたり、少なくとも今は自分がここから給料をもらうわけにはいかないと思ったからです。どんな仕組みを目指しているのかは、企業秘密なのでいえないのですが。
そういう形で、周囲のスタッフに自分の意思をあらわしていくことも、重要な行動のひとつだと考えています。
――ちなみに、天野さんが初めて自分で商売をおこしたのは、いつごろでしょうか。
天野:小学校4年生のときにはすでに、自分でメロンを育て、同じ養護施設に住む仲間たちに一切れ50円で売っていました。何かを売ってお金を得るという経験をしたのは、このときが最初でした。
――それは、一般的なお子さんと比べると、かなり早熟ですね。天野さんが、お金との付き合い方で気をつけているのは、どんなことですか。
天野:言葉にすると当たり前のように聞こえるかもしれませんが、「お金を手にすること」そのものを目的にしてはいけないと思っています。もっといえば、何かをやろうとするとき、それによって得られるお金をどう使うかまでをセットで考えるようにしています。
たとえば、僕はこれまで四冊の本を書きましたが、そこで得た印税のすべてを全国の養護施設に寄付してきました。なぜなら、僕にとっての養護施設は「家庭」だから。つまり、自分の家に稼ぎの何割かを入れるような感覚で寄付しているんです。
――最後に、ここまでインタビューを読んで来て、「自分のゼロポイントを見つけたいけれど、見つけられそうにない…」と感じているような若者にアドバイスをお願いします。
天野:そのような人には、「まず遊びなさい」といいたいですね。遊びは人を育てるし、遊ぶことでやりたいことのイマジネーションは増えていく。僕自身、これまでを振り返っても、「やりたいこと」は遊びのなかから生まれてきたという実感があります。
なので「夜遅くに家に帰ったら奥さんに怒られる」とか「タクシーで帰ったら、お金がなくなる」とか後先のことを考えずに、まずは思いっきり遊んでみたらいいんじゃないでしょうか。「今日のエネルギー」は全部使い果たすつもりで遊ぶうちに、何かが見えてくると思います。
(了)
『ゼロポイント』の著者、天野雅博さん