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70カ国でトヨタ車を売った男が語る 海外ビジネスを成功させる最大のポイント

 中国やインド、ベトナム、あるいは中南米各国やアフリカ諸国は、無限の可能性を持つ市場として世界から熱い視線を集めている。

これらの国々にビジネスを展開する時、はじめにその地に行き、拠点を作る人物はまさに「開拓者」である。そこには実際行かないとわからないリスクや困難が待ち受ける。

『世界でトヨタを売ってきた。』(開拓社刊)の著者で、トヨタ自動車元専務取締役の岡部聰さんは、同社の新興国担当として長年世界を渡り歩き、生産拠点の整備や販路の開拓などを行ってきた。

インドで、中東で、そして中南米で、岡部さんが見てきたものとは?

■70カ国でトヨタ車を売った男が語る 海外ビジネスを成功させる最大のポイント

――新興国でビジネスを展開することの難しさに「ビジネスインフラの未整備」を挙げられていましたね。これは特にどんなところにあらわれるのでしょうか。

岡部:まず挙げられるのは、欲しいデータが手に入りにくい点です。統計データ一つとっても、日本はどんな産業でも過去のあらゆるデータが揃っていますが、新興国はそうはいきません。

人口や戸籍数といった基本的なデータさえ、きちんとしたものはなかなかないですし、あっても5年前、10年前のものだったりすることもあります。

法律をはじめとする、ビジネスをする上でのその国のルールが変わりやすいことも傾向としてありますね。特に製造業の場合は、現地に工場を作って人を雇っていますから、ビジネスのルール変更は大問題です。

精密機械の製造に必要なきれいな水がなかなかなかったり、停電が多かったりという問題ももちろんあるのですが、実際には今お話ししたようなことの方が、リスクの度合いは高いです。

――「ルールの変更」ということでいうと、サウジアラビアでのエピソードが象徴的です。政府が認めた特定のメーカーのエアコンを、トヨタ車を含めた輸入車すべてに搭載しなければいけないというルールができかけたという。

岡部:まさしくそうです。サウジアラビアもそうですが、新興国は時の権力者の意向に経済が影響を受けやすい。中国なども、数年前のレアアースの対日輸出規制しかり、経済を「政治の道具」と捉えているところがありますよね。

こういったことが突然決まると、ビジネスをする側としてはとても困るわけです。ことの良し悪しは別にして、契約社会である欧米相手のビジネスではこういうことはまず起こりません。

ルールがルールとして機能しない、マニュアルがマニュアルとして動かない。そういう難しさが新興国には確かにあるのですが、ビジネスの世界ではそれを言い訳にはできません。

こうした状況でいかに問題解決をして目的を達成するか、というところについて、本の中で詳しく書いています。

――今おっしゃったような国々でのビジネスでつまずかないために、どんなことが大切になりますか?

岡部:現地でのビジネスパートナー選びでしょうね。日本企業が海外で成功した例とそうでない例を見ると、安い資源、安い労働力だけを目当てに現地の企業と提携して海外展開したようなケースは長続きしていません。
   
現地に根を張って、自分たちのためにも、現地のためにもなる仕事ができて、ビジネスの目的を共有できるパートナーを選ぶことが大切です。

――パートナー探しを誤った時、どんなことが起こるのかということもお聞きしたいです。

岡部:トルコではビジネスパートナーで苦労した記憶があります。ある現地の有名な財閥をパートナーにしていたのですが、知っての通りトルコはヨーロッパへも近いですし、中央アジアへの輸出拠点にもなりますから、地理的に非常に重要な場所です。

向こうもそれがわかっていますから、もっと投資しろと言ってくる。ただ、トルコに工場を作って車を生産しても、そんなにたくさんは売れないんです。

ヨーロッパのメーカーなら、地理的に近いですからトルコまで部品を安く供給できますが、日本からトルコに部品を供給するとどうしても高くついてしまいます。そうなると、トルコで作った車をヨーロッパに輸出しようとしても価格競争力で難しいものがある。

こちらはそういった難しさがわかっているのですが、向こうとしては投資を促したいから、年間5万台しか売れないのに、10万台作れるような設備投資をしろと言ってくる。

結局、お金の話ばかりになってしまって、一緒にビジネスをするうえでの目標をなかなか共有できなかったんです。

――これまで70カ国以上でトヨタ車を根付かせる基盤を作ってこられた岡部さんですが、これまでに体験したことで最も衝撃を受けたのはどんなことですか?

岡部:テロ組織アルカイダのトップが、パキスタン・アフガニスタン一帯のどこかに潜伏していた頃、現地の自動車修理工場のサービス記録を入手してほしいという要請が政府筋から来たのには驚きました。

トップが乗って移動するような車であれば、常に最高の状態にメンテナンスしているはずだと仮定して、サービス記録を解析することで潜伏場所を突き止めようとしたわけです。ただ、現地の販売代理店のオーナーに協力をお願いしたら断られてしまった。

狭い社会ですから、情報が漏れたら誰が漏らしたかがすぐにバレてしまい、それは死を意味する。こういう現地の事情についてはまったく無知だったのでショックでしたね。

――世界中を飛び回って、「トヨタの開拓者」としてのお仕事をまっとうされました。様々な困難があったと思いますが、それらを克服するモチベーションになったものは何だったのでしょうか。

岡部:異文化に触れて、知らないことや新しいことを体験すること自体がモチベーションです。特に、目の前の問題を解決したり、解決する手伝いをしたりするのはワクワクします。困難といっても辛いと思ったことはないですよ。

 
――この本を通じて、岡部さんが伝えたかったことは、どんなことですか。

岡部:「現地現物主義」という最初のお話に戻るようですが、インターネットで調べただけで分かった気にならないこと。それと、自分の人生を楽しく刺激的にするためのチャンスは誰にでもあるということですね。

ただ、のほほんとしていると、そのチャンスに気づくことができないまま、100年足らずで一生が終わってしまいます。じゃあ、どうすればチャンスが見えるかというと、目標や目的を作ることです。

私はとびぬけて学歴が高いわけではありませんし、語学も得意ではありません。ですが、「自分はこれがやりたい!」という意思と目標があったから、巡ってきたチャンスに気づくことができました。

今は情報が簡単に手に入りますから、手足を動かさずにわかることも多い。でも、結果はどうなるかわからないけど、それでも目標に向かって汗を流すプロセスは絶対に必要な経験です。

この本の最後に「愛とロマン」と書きましたが、知識だけに偏らずに能動的に行動を起こすということを大切にしていただきたいと思います。しがないサラリーマン人生が、しがなくなくなるチャンスはいくらでもあるのですから。
(新刊JP編集部)


『世界でトヨタを売ってきた。』の著者で、トヨタ自動車元専務取締役の岡部聰さん

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