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無戸籍者推定1万人 戸籍を持っていない人々の人生

 日本人ならば誰もがあるはずの「戸籍」。ところが、その戸籍がないまま生きている人がこの日本に推定1万人いると言われている。

 ホストで生計を立てている雅樹さん(当時27歳)も無戸籍者の一人だ。彼の父親はどこにいるか分からず、母親は雅樹さんが生まれてすぐに亡くなったと聞かされている。
 彼を育てたのは、杉原知子と名乗る“母親の知人”だった。
 戸籍がないのだから、学校に通うこともできない。雅樹さんにとって勉強は「家でするもの」だったという。そうして15歳になった頃には、高校3年生の課程レベルにまで修学することができた。
 雅樹さんは杉原のことを「オカン」と呼んでいた。杉原はお昼頃になると仕事に出て行き、日が暮れると一旦夕食に戻り、さらに夜が更けるとまた出かけて行く。どんな仕事をしていたかも、「杉原知子」という名前が本当なのかもわからなかった。

 14歳のとき、突然杉原は雅樹さんに「うちはあんたの本当のオカンやない」と告げ、本当の母親の名前と、その母親が無戸籍であったこと、そして雅樹さんも無戸籍であることを伝えた。そして、マナーを教えるために「秘書検定」の本を雅樹さんに手渡した。
 雅樹さんは16歳になり独立。杉原の知人が経営するミナミのキャバクラで働くことになった。社員寮に住みこみ、1年半必死に働いた後、今度は別の友人に誘われてホストクラブに移籍する。それからしばらく経ち、ミナミでばったり会った杉原の知人は意外な言葉を雅樹さんにかける。
 「お前、大変だったなあ」。
 最初は何のことだか分らなかった。次に彼は、杉原が火事で死んだことを伝えた。
 「自分は誰か」を考えないようにしてきた雅樹さん。しかし、戸籍がない人生は不安と隣り合わせであり、いつでも偽りの自分を作らねばならない。20代後半になり、その生活も限界に近づいていた。

 元衆議院議員であり、ジャーナリストとして活躍する井戸まさえさんは、10年以上にわたって無戸籍者の支援を行ってきたが、雅樹さんもその一人である。裁判所の判決を受けた上で新たに戸籍に記載する「就籍」など、無戸籍者が戸籍をつくることは不可能ではない。しかし、雅樹さんの場合「当初思ったより難しいだろうな」と思ったと井戸さんはいう。それは「雅樹さんが何者であるか証明できない」からだ。

 井戸さんが上梓したノンフィクション『無戸籍の日本人』(集英社/刊)は無戸籍者たちにスポットをあてて、社会の影の部分を映し出す。
 実は井戸さんの子どもも「無戸籍児」だった。13年前、長い調停期間を経て前夫と離婚。その8ヶ月後に現在の夫と再婚し、ほどなくして新たな子を出産した。この子は少し早めの37週目で生まれたが、実はそれがいわゆる「300日ルール」、つまりは「離婚後300日以内に生まれた子は、前夫の子と推定する」という民法第722条に引っ掛かってしまったのだ。
 子どもの生まれた日は離婚から265日後。法律上では、子どもの父親は前夫になる。市役所からは父親欄を前夫の氏名に書き直すよう要求されるが、それは到底できない。こうして、生まれた子は「無戸籍」になってしまった。

 井戸さんの子どもの場合、約1年かけて裁判を通して現夫の子と認められるのだが、こうした法律のすき間にするりと落ちてしまい、そのまま苦しみ続けている人は少なからずいるだろう。また、無戸籍者を生むケースとして、他にも親の住居不定や貧困などの事情から、出生届を出すことまで意識が至らない、もしくは意図的に登録を避けるということも多いそうだ。

 戸籍は自分の存在を証明してくれるものだ。井戸さんは本書を通して、戸籍を持たずに生きることの苦しさを代弁しながら、それでもなお希望を捨てずに生きる人々の姿を描く。
 この問題はテレビをはじめとしたメディアでも取り上げられるようになったが、どうしてもセンセーショナルな報道になってしまう。井戸さんはそういったメディアが語らなかった「避けられ続けてきた部分」も丁寧に掬っている。それは1000人以上を支援してきた彼女だからこそ触れられる部分なのかもしれない。

 本書にはさまざまな無戸籍者の人生が書かれながら、政治家として著者が政治の現場でどのようなことを伝えようとしてきたのかが語られている。
 雅樹さんは就籍することができたのか? 現代の日本で起きている現実を直視する一冊だ。
(新刊JP編集部)

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『無戸籍の日本人』(集英社刊)

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