出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
第75回となる今回は、90万部を超えるベストセラーとなり、映画化、オーディオブック化などさまざまな形でメディアミックスが進む大ヒット作『世界から猫が消えたなら』の作者の川村元気さんが登場してくださいました。
『世界から猫が消えたなら』は、川村さんにとって初めての小説です。余命わずかと宣告された郵便配達員のもとに現れた悪魔との取引によって、1日生き長らえる条件として世界から1つ何かを消してゆく、という普遍的で力強いストーリーがどのようにできあがったのか。それよりもまず、映画プロデューサーだった氏がなぜ小説を書くことになったのか!?
川村さんご本人にたっぷり語っていただきました。注目のインタビュー最終回です!
■小説で得た経験が活きた映画「バクマン。」
――小説を書いた経験が、本業である映画製作の方にフィードバックされたということはありますか?
川村:書きながら「この場面で音楽を流せたらいいのにな」と思うことが何回かあって、音があるということは映画のアドバンテージなんだなと改めて気づかされました。
先日公開された「バクマン。」という映画は、まずサカナクションに音楽を作ってもらってから撮影に入ったんです。「映画に音をつける」のではなくて「音が映画を支配する」ということをやってみたくてトライしたのですが、これは小説を書いていて「ここで音が鳴らせないのはストレスだ」という経験をしたからだと思います。
――音が映像より先にできるというのは、かなり珍しい試みですね。
川村:すごく贅沢なことですよね。大体は撮影と編集が終わってから音楽を作ってもらうんですけど、サカナクションの音楽に影響されて撮影や編集が進んだらどうなるかなと思ってこういうやり方にしました。
――「バクマン。」のお話が出ましたが、川村さんは漫画だけでなく「悪人」(吉田修一)や「告白」(湊かなえ)など、小説が原作になっている映画も手がけられています。こうした映画を作る時にどんなことを心掛けていますか?
川村:小説と映画はメディアとしてまったく別のものなので、そのままコピーしようとしても同じようにはなりません。文章で書いてあることをそのまま映像に落とし込もうとしてもそうはならないから、読んでいる時に浮かんだ感情だとか感触をどうやって映像と音と俳優の肉体で表現するかということを一番に意識していますね。シーンやセリフを再現するのではなく、感情を再現することを心掛けています。
――小説家として、今後書いていきたいテーマがありましたら教えていただければと思います。
川村:今ちょうど、来年連載がはじまる恋愛小説を書いているところです。
――恋愛小説といっても、川村さんの作品となるとただの「恋愛を題材にした小説」ではなさそうですね。
川村:そうですね。特殊な構造を使っていると思います。
僕は今36歳なんですけど、周りに「恋愛」をしている人がほとんどいないんです。まるで東京から恋愛が消えたかのように。結婚している人は恋愛感情を失っていくし、独身の男友達にしても、セックスはあっても恋愛はしていない。独身の女性は「好きな人ができない」と言っている。それで、「あれ?恋愛はどこにいってしまったんだろう?」と。10代の頃に感じていた、相手のことを想って胸が苦しくなるような感情とか嫉妬心はどこに行ってしまったんだろうという思いがあって、ファンタジーではなく現実として「恋愛が消えた東京」で恋愛とは何かを探す男女の物語を書いています。
『億男』は大金を手に入れた男がそれを失ってしまい、お金を追いかけながらお金というものの意味を見つけていく話ですし、『世界から猫が消えたなら』にしても、死を意識する状況になることで自分にとって何が大事なのかを考えることになるという話です。だから「消失三部作」とでも名付けたいくらい、気づいたら同じことをやっています。
これは『億男』で書いたのですが、人間には自分の力ではコントロールできないものが三つだけあって、それは「死」と「お金」と「恋愛」です。「死」と「お金」はもう小説で扱ったので、三つ目の「恋愛」にトライしています。
――川村さんが人生で影響を受けた本がありましたら、3冊ほどご紹介いただけますか。
川村:沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読んでバックパック旅行をするようになって、向かった先が『世界から猫が消えたなら』に出てくるアルゼンチンのイグアスの滝や、『億男』に出てくるモロッコのマラケシュやサハラ砂漠だったので、この作品を挙げます。旅に行くと、普段の生活で見失っていたことに気がついたり、違う視点で物事を見ることができたりしますよね。今でも一人で海外に行ったりするのですが、そのきっかけになったという意味では『深夜特急』の影響は大きかったと思います。
二冊目はポール・ギャリコの『猫語の教科書』です。風変わりな本ですね。ある日編集者のところに一通の原稿が届くんですけど、それはどうやら猫がタイプライターで打った原稿らしいと。「猫がどうやって人間社会にもぐりこんで居心地のいい生活を送っているか」、「猫は人間をどう見ているか」ということを猫自身が書いた原稿という体の、小説のようなエッセイのような不思議な本です。猫の側から物事を見て書かれていて、やはり「視点を切り替えることの面白さ」を感じました。
自分の本の話に戻りますが、『世界から猫が消えたなら』って、内容的には『世界から僕が消えたなら』という話なのですが、それをそのままタイトルにしてもつまらない。そんな時に、この本のことを思い出して「僕」のところに「猫」を入れたらちょっとアヤができていいんじゃないかと思って今のタイトルにしたということがあったので、この本も大事な本ですね。
最後は『スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし』にします。昔から谷川俊太郎さんの文章が好きで、特にこの絵本からは影響を受けていると思います。主人公の魚は黒いことがコンプレックスだったのが、最後でそのコンプレックスが決定的にプラスに転じるという話です。これもやはり「視点の置き場」が面白かった。僕はたぶん、常に「視点」に興味があるんでしょうね。
――最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いいたします。
川村:小説の魅力はやはり読者が主観で読めるところです。『世界から猫が消えたなら』は僕がどうやってこの世界や人間をみているかという主観が詰め込まれた小説ですが、「ポストの上のぬいぐるみ」のように「私も同じことを考えていた!」という体験をしてもらいたいという思いもどこかで持ちながら書きました。
だから、読んでいただくことで「忘れていた大切なもの」が自分の中から掘り出されてきたならすごくうれしいことですし、それができる小説だと思っています。オーディオブックを聴いてからでも、映画を観てからでもいいので、ぜひ小説のほうも読んでみていただきたいですね。
■取材後記
ジャンルやメディアを問わず、とにかく膨大なコンテンツを浴びてきた方なんだな、という印象でした。ヒット作を連発する映画、最初の作品が大ベストセラーとなった小説だけではなく、やろうと思えば音楽だって、演劇だって作れそうです。
インタビューで川村さんも言っていたように、「死」を意識することではじめて「生きる意味」は浮かびあがってきます。「でも、死を意識するってどうすればいいの?」という方は『世界から猫が消えたなら』を読んでみてください。きっと遠いようで決してそうではない死について、きちんと想像できるはずです。
(インタビュー・記事/山田洋介)
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