出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
第75回となる今回は、90万部を超えるベストセラーとなり、映画化、オーディオブック化などさまざまな形でメディアミックスが進む大ヒット作『世界から猫が消えたなら』の作者の川村元気さんが登場してくださいました。
『世界から猫が消えたなら』は、川村さんにとって初めての小説です。余命わずかと宣告された郵便配達員のもとに現れた悪魔との取引によって、1日生き長らえる条件として世界から1つ何かを消してゆく、という普遍的で力強いストーリーがどのようにできあがったのか。それよりもまず、映画プロデューサーだった氏がなぜ小説を書くことになったのか!?
川村さんご本人にたっぷり語っていただきました。
■「死」を想像することで、生きる意味を見つける「体験」をしてほしい
――シンプルですが普遍的なストーリーが特徴です。余命を宣告された主人公のもとに悪魔が現れ、世界から何か大事なものを一つ消すことで一日生き長らえるという取引を持ちかけます。このストーリー作りにおいてどんなことを大事にされましたか?
川村:この世界に存在すべきなのにまだ存在していない物語とか、語られているべきなのに語られていないことを見つけてきて形にしたいという気持ちが根幹にあります。それは『世界から猫が消えたなら』に限ったことではなくて、次に書いた『億男』にしてもそうです。「お金持ちになれる」とうたっている本はたくさんあるけども、果たしてお金持ちになることを皆が幸せだと思っているのか? それよりも知りたいのはお金と幸せの関係なのではないか? そもそも「お金そのもの」についてエンターテインメントとして語っているものがあまりにないので書いてみたいと思ったんです。
最近思うのですが、たとえば、駅前の郵便ポストの上に熊のぬいぐるみが置かれていたら、そこを通る人はみんな気づくとは思うんです。でも、足を止める人はいなくて「なんであそこにあるんだろう」とか「誰かの忘れものかな」などと気にしつつも素通りしてしまっている。僕のやっていることって、そんな状態のぬいぐるみを持ち上げて「これ、誰のですか!?」と叫ぶことなんじゃないかと思っています。
――主人公は、世界から何かを一つ消す決断をするにあたって「自分にとって大事なものは何か?」を考えるのですが、なかなか答えが出ません。自分も含めて、こういうところに共感する人は多いのではないかと思います。
川村:「自分ならどう考えるだろう」と思いながら書いていましたね。たとえば世界から「電話」を消さないと生き延びられないとなった時、最後に誰かに電話するとしたら誰にかけるんだろうか、とか。何か消せと言われても決められないだろうな、とも考えましたし。
――先ほどのお話に出た「創世記」もそうですが、作中には川村さんが見聞きしてきた映画や音楽、文学がちりばめられています。このあたりからは創作の土壌の厚さが感じられますね。
川村:昔から本はよく読んでいましたし、映画も音楽も大好きでした。僕が映画に携わろうと思ったのは、映画の中には自分の好きなものが全部入っているからなんですね。文芸も入っていますし、音楽もファッションも美術も入っています。それらの要素が集まって映画ができている。
僕は小説を書く時、映画の中から文芸の要素を取り出して書いている気がしますし、絵本を書く時はアートの要素を取り出して書いている気がします。それと、どうしても映画にうまく収まらないものや映画が得意としないものもあるので、そういうものを小説にしているところもありますね。
――「映画が得意としないもの」とはどういうものですか?
川村:たとえば小説の場合「世界から猫が消えた」と書けば、そのタイトルから読者が想像を膨らませて「猫がいない世界」をイメージしてくれます。でも、映画だとそうはいかなくて、「猫が消えた世界」をシーンとして表現するのはものすごく難しいことです。
そういう意味でいうと「オーディオブック」は文章の方に近いですよね。音声を聞いた人が「猫が消えた世界」を想像してくれますから。
――また、この作品からはさまざまなメッセージも読み取れます。川村さんが特に伝えたかったのはどんなことだったのでしょうか。
川村:「これを伝えたい」というようなことは特にないのですが、一つ言えるのは「人は死ぬことからは絶対に逃れられない」ということです。
生きている人全員が死を背負っているわけで、それを意識することで「誰を大事にすべきか」とか「何を今やるべきか」とか、色々なことの優先順位がはっきりするのではないかと思いました。何が大事かというのはもちろん人それぞれでいいのですが、読むことで「自分にとって大事な物事」を自分に照らし合わせて見つけていくような小説、読む人の想像力が物語を補完するような小説になったらおもしろいとは思っていましたね。
だから、作品を通じて何かを伝えるというよりも、「死」を想像することで、生きる意味を見つける「体験」をしてほしい、というのが意図としてはあります。
第三回 小説で得た経験が活きた映画「バクマン。」 につづく
(新刊JP編集部)
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