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「善」ではない、悪の対義語とは?――『悪の力』著者・姜尚中さんに聞く(2)

 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 昨日よりお送りしている第73回には、『悪の力』(集英社/刊)を刊行した姜尚中さんが登場です。
 凶悪事件が多発し、「悪」の力が増大していると感じている人も多いのではないでしょうか。本書は「悪とは何か」というテーマに、現代人を苦しめる「悪」の起源を探っていく一冊です。
 姜尚中さんはどのような言葉を私たちに語ってくれたのか。 現代社会に深く切り込んだ、注目のインタビュー。中編をお送りします。
(新刊JP編集部/金井元貴)

■マスメディアと「悪」、「悪」の対義語について

――「悪」という言葉の対義語としてまず思いつくのは「善」です。でもこの本を読むと、そうとは思えなくなるのですが、対義語という観点からお話をうかがえないでしょうか。

姜:聖書的に言えば「悪」の対義語は「愛」です。ただ、「愛」という言葉はリアリティが弱い。「愛を施しなさい」と聖書に書いてあるからといって、「愛」が他者に通じなければ意味がありません。それがよく分かるのが文学です。『悪の力』ではドストエフスキーなどの作品を取り上げていますが、そこでは「悪」を徹底して考えて、「悪」というものがあるということが信じられる、そこから、なぜ「神」がいるのに「悪」があるのかという問いを徹底して突きつめられています。
これは今、私たちが生きている現場を考えても、同じことが言えます。例えばいじめがあって子どもが亡くなってしまった。そうすると、校長先生が子どもを集めて「命を大切にしましょう」と呼びかける。けれど、おそらく子どもたちには何も通じていません。命を大切にすることは当たり前のことで、呼びかけだけで済むなら、いじめはとっくに無くなっていますよ。
だから私が今、「悪」の反対は何かという問いに答えるならば、「善」ではなくて「義」という言葉を出します。もっと言うのであれば、「愛によって裏付けられた義」というのかな。デモによって国会議事堂前にたくさんの人が集まっているけれど(取材日の9月17日は国会前で安保反対デモが行われていた)、それは法案を通したい側に対して「義」を感じられないことにおかしいと感じていて、異を唱えたいと思ったからだと思うんです。

――文学の世界では「悪」の描き方が多様です。近年では「越境」というキーワードが話題になりましたが、国境や文化を越えて生きる人間を描く小説を読んでいると、「悪」と「善」という二項対立で考えることはあまり意味がないのではないか、「悪」も「善」も入り混じった領域があるのではないかと考えることが多くなりました。

姜:それは、9・11以降の大きな流れの反動だと思います。9・11直後は善悪二元論がアメリカに蔓延した。でも、どうもそれは問題を矮小化しているのではないか。そこで、おっしゃった通り越境的なテーマを扱う文学に目が向けられます。善悪を越えたもの、あるいはその中間領域ですね。
そして、この中でも紹介した中村文則さんの『教団X』を含めて、「悪」を考えることで人間存在のどうしようもない面が見えてくる。そのどうしようもない面をどのように受け止めるかというところになるんです。どうしようもない存在だから消しちゃえという発想になると、「善悪」の捉え方になってしまう。私は短絡的に考えることに対して抑制が効くようになれば、この『悪の力』を読んだ意味があると思っています。
安保法案だって「この際だからやっちゃえ」だけで動かすのはよくないでしょう。そういうところの歯止めになればいいですね。

――マスメディアの凶悪事件に対する反応や報道の仕方を見ていると、「悪」を排除するにはどうすればいいかという、いわゆるエイリアン排除的な話の進め方をしているように思います。

姜:うん、それに対する違和感はありますよ。けれども、私は大学での経験から「悪」は許せないという気持ちも覚えてしまった。
それで、これは何故そうなってしまっているのかというと、日常生活の中で人々の絆や他者を信用していないから、社会的に繋がりたいという願望が、犯罪という「悪」に対することを触媒にして結びついているのではないかと思います。自分には全く影響がないのに「悪」の生贄になった人に過剰に同情する。だから犯罪報道が起きるといつまでも報道され続けている。普段は「他者を信用するな、他者を出しぬけ、信じられるのは自分だけ」というメッセージの中で生きている人々が、犯罪の被害者に対する同情で社会と結び付こうとするわけです。これは人間生活の表と裏です。
ちょっと変な例えですけれど、私はこの傾向が戦争に似ていると思っています。

――それはどうしてでしょうか。

姜:例えば戦争が起きたら、おそらくみんなの間に絆ができますよ。戦争が起きて誰かが犠牲になれば、一気にその絆は強まる。最近の社会を見ると、そのようにみんなが一緒になれるのは「犯罪」しかないんじゃないかと思います。

――また、この本の中で「ざまあみろ!」という言葉が出てきますが、他者の不幸に対しても人々は敏感だと思います。

姜:他者の幸福話に触れて「良かったね」と言っているんだけど、内心はすごいジェラシーが渦巻いていて、「何で私だけ不幸なの?」と思ったりね(笑)そう考えると、今はネガティブな感情の方が強いんです。そして、ネガティブな感情を出しても、誰もが同調してくれるのが「犯罪」というテーマなんですよね。だから、非常に「悪」が表出しやすい。

(後編「『悪の力』の礎となっている3冊の本とは?」に続く)

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新刊『悪の力』について語る姜尚中さん

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