「カップ酒」と聞くと、オジサンの飲むお酒という印象を受けるかもしれない。コンビニエンスストアのアルコール類のコーナーに置かれているそれは、古き良き時代の日本を思い起こさせる。
世界で初めての「カップ酒」は、大関株式会社が発売している「ワンカップ大関」だ。今年、誕生から50年目を迎え、HKT48の指原莉乃をCMに起用。若者へのPRを進めている。
実はこの「ワンカップ大関」、そもそもオジサン向けに開発されたのではない。当時の若い世代に日本酒に親しんでもらうことが、誕生の理由の一つだった。
『ワンカップ大関は、なぜ、トップを走り続けることができるのか?』(ダイヤモンド・ビジネス企画/編・著、ダイヤモンド社/刊)は、「ワンカップ大関」の開発秘話や歴史を通して、大関がどのようなイノベーションを起こしてきたかを解き明かした一冊。「ワンカップ大関」がどのように業界を動かしてきたのか、どのように愛される商品をつくってきたのか、読めば読むほどその奥深さを知ることができる。
いつでもどこでも、容器から直接日本酒を飲むことができる。今となっては当たり前の話だが、これが当たり前ではなかった時代があった。
戦後、日本酒は、比較的年齢の高い層の人たちが一升瓶から徳利に注ぎ、燗をして盃で飲むというスタイルが一般的だった。一方、若者はビールやウィスキーなど洋酒を嗜むようになっており、「若者が日本酒を飲んでくれるようにならないと、日本酒そのものの将来がない」という危機感が大関にはあったという。
そんな状況で、十代・長部文治郎社長のアイデアによって生み出されたのが「ワンカップ大関」だった。
コップ酒は品がないとされ、清酒を冷やで飲むことすら普及していなかった時代に、大関はそうしたイメージを打破し、若者たちにも受け入れられるようにするために、味と飲み心地、そしてデザインに徹底的にこだわったのだ。
実は大関は戦前から商品デザインを重要視していた会社である。戦後の1950年には、日本のモダンデザインの父と呼ばれる今竹七郎をデザイナーとして招き、復活した『コールド大関』の化粧箱とポスターのデザインを澤村徹に依頼しているなど、非常に意欲的だ。
商品デザインの会議はいつでも和気あいあいとしていたそうで、デザイナーの岩崎堅司氏は「どんな立場の者もいつも自由闊達な意見を出し合い、楽しく元気な会議だった」と語っている。
レジャーブームの中で、いつでも気軽に飲めるお酒を。行動的なヤングに支持されるには、コップ酒のマイナスイメージをなくさなければならなかった。
そのために考えられた「8つの開発ポイント」は非常に興味深い。
<1>ターゲットはヤング
<2>いわゆるコップ酒と呼ばれて品の悪さを連想させるような傾向を打破する
<3>ストレートでコップのまま清酒を飲むことの良さをPRする
<4>マス商品が前提であるから一級酒とする
<5>キャップはワンタッチオープン形式とする(栓抜きを使用しないで開けられる)
<6>容量は180mLとする
<7>広口ワンウェイ瓶(*1)とする
<8>あくまで機能的なデザインを重視する
(*1)…再使用を前提としないガラス瓶で、リサイクル原料にされる。
例えば、「マス商品が前提であるから一級酒とする」とあるが、当時、日本酒の酒税は日本酒級別制度といって、アルコール度数によって課税額が決まる仕組みだった。一級酒とはアルコール度数が15.5度~16.5度の日本酒。その上に特級酒というランクがあったが、酒税によって値段が高くなる。若い世代に、品質の高い日本酒を飲んでほしい。そのためには若者が手を伸ばしやすい価格にする必要がある。そういった経緯から一級酒が選ばれたのだ。
ただ、一級酒が選ばれた理由はそれだけではない。そもそも一級酒は世間からは「高級なお酒」と認識されている背景があり(当時は二級酒という一級酒よりもアルコール度数が低いお酒が全体の約75%をシェアしていた)、若者に品質の良いお酒を飲んでもらうというポイントにちょうど合致していた。さらに大関は特級酒と一級酒のみを醸造していたという事情もあったのだ(なお、この日本酒級別制度は1992年に廃止されている)。
また、「広口ワンウェイ瓶」は、いわばコップのような形状で、なおかつ再利用を前提としない瓶のことだ。あくまで機能的な瓶にするために工夫を凝らしていたのである。
本書には当時の開発ノートが掲載されており、そこにはリップ(口をつけるところ)形状の案が7つ描かれていて、徹底したこだわりがうかがえる。また、瓶の蓋については、1964年10月のワンカップ誕生時は「巻き締め方式」だったが、その後「耳付き方式」「ティアオフ方式」、そして現在の「プルアップ方式」と4回も改良を重ねられてきている。
また、『ワンカップ大関』の楽しみ方を提案したリーフレットを作成して飲み方をわかりやすく提案したことも奏功した。空前のレジャーブームだった当時の時流を汲み、釣りやスキー、スポーツ観戦、ハイキングなどあらゆるシーンを想定してリーフレットにまとめたことで、「いつでもどこでも楽しめる」という『ワンカップ大関』の強みと圧倒的な存在感を消費者に訴えることに成功した。他にも、酒類業界初となるワンカップの自動販売機を導入するなど、革新的ともいえるマーケティング戦略によって『ワンカップ大関』の爆発的なヒットを後押しした。
1963年4月から開発がはじまり、1964年10月10日、東京オリンピック開会の日に発売され、その後50年にわたり、人々に愛されてきたワンカップ大関。しかし、その道のりは険しいものであったことが本書を通してうかがうことができる。
巻末には一橋大学大学院教授の楠木建氏、作家の西村賢太氏、そしてNHKの吉田照幸氏という3人のインタビューが掲載されており、楠木氏の「『ワンカップ大関』はカテゴリー創造の域まで踏み込んだイノベーションだった。他者と比較して「何が良い商品か」という定義を、イノベーターであった『ワンカップ大関』が決めてしまっている」という指摘は、ビジネスをする上で重要な示唆を与えてくれる。
日本酒の飲み方を変え、カップ酒という新たな文化を根付かせることに成功させた「ワンカップ大関」。そのイノベーションの本質を解き明かす一冊だ。
(新刊JP編集部)
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