識字率の低かった時代は「黙読」よりも主流で、さらに教養のある家庭でも娯楽の一環として楽しまれてきた「朗読」。今では「読み聞かせ」や「朗読劇」などとして子どもから老人まで幅広い層に親しまれている。
普段、作家や著者たちに話を聞いている新刊JPだが、今回は「朗読」にスポットをあてて、本を朗読している人にインタビューを試みた。声優、ナレーターをはじめ様々な人が登場することが予想される第一回は、「ああっ女神さまっ」ベルダンディー役や、「らんま1/2」天道かすみ役などで知られる声優の井上喜久子さん。
井上さんは2012年に同じく声優の田中敦子さんとともに、東日本大震災の復興支援を目的とした朗読チャリティー企画「文芸あねもねR」を立ち上げた。10人の女性作家によるオムニバス短編集『文芸あねもね』(新潮社/刊)の作品を人気声優たちが朗読するというもので、2人のほかに浅野真澄さん、大塚明夫さん、小野大輔さん、釘宮理恵さん、小山力也さん、ささきのぞみさん、佐藤聡美さん、杉田智和さん、たかはし智秋さん、田中理恵さん、浪川大輔さん、山寺宏一さんらが参加している(五十音順)。
この朗読作品はオーディオブック配信サービス「FeBe」で有料配信され、その収益は全額震災の復興支援に寄付される(詳細はこちら)。
今回はこの「文芸あねもねR」の話を中心に、井上さんの想いを聞いた。
(新刊JP編集部)
◇ ◇ ◇
■最初から自分たちの手作りで立ち上げた朗読チャリティー企画!
――今回のインタビューでは、声優朗読チャリティー企画「文芸あねもねR」を中心にお話をうかがいたいと思います。こちらの企画は、井上さんと田中敦子さんが発起人となって、たくさんの声優さんが参加されている東日本大震災の復興支援活動となりますが、どうしてこのようなチャリティー企画を立ち上げられたのですか?
井上喜久子さん(以下敬称略):大きなきっかけは本屋さんで『文芸あねもね』という本に出会ったことです。
もともと本屋さんはすごく好きで、その日も鼻歌を歌いながら面白そうな本がないかなと思って行ってみたら、ちょうど『文芸あねもね』という文庫本が平積みにされていて。まず、「私の事務所(オフィスアネモネ)と同じ名前だ!」と目を引かれて、複数の女性作家さんが書かれたオムニバス形式の文庫本だったので、すごく読みやすそうと思って手に取ってみたんですね。
それで後ろのほうのページをめくってみたら、『文芸あねもね』が全額寄付を目的としたチャリティーの本だということがわかりました。なぜかというと、最後のページにこのチャリティー小説ができるまでの経緯がインターネットの掲示板風に書かれているんですよ(笑)。すごくユニークで、こんな風にしてこの本が出来たんだなと思いながら買って読んでみたら、小説一篇一篇もすごく面白くて。「宝物を発見しちゃった!」という嬉しい気持ちと同時に、この本がチャリティーを目的にできたということから、自分も声優として何かできないかという気持ちが膨らみました。
それまでも寄付をするとか、日常の中でできる限りのことはやってきたけれど、継続的にやっていける活動ができるのがベストだと思っていて、一人の職業人として、できることを探していたんです。
――この『文芸あねもね』という本の企画と、井上さんが思っていたことが線になってつながった。
井上:まさにそんな感じでした! それで、すぐに仲の良い声優の田中敦子ちゃんにこの本を渡して、この本を朗読するチャリティーの企画をやりたいって言ったら、あっちゃん(田中さん)も「やろう!」と賛同してくれて。気持ちが一緒だったんですね。ただ、私は思い付いたら走り出すタイプなのに対して、あっちゃんは頭が良い方だから「まずはツイッターで作家さんに連絡してみるね」って言ってくれて。冷静でした(笑)
――作家さんにSNSで直にアプローチをされて、この企画が本格的に動き始めたんですね。
井上:そうなんです。そのとき、あっちゃんが連絡をしたのが柚木麻子先生だったのですが、なんとここで奇跡が起こって! 実は柚木先生は「フレンズ」という海外ドラマの中のフィービーという登場人物が大好きで、その吹替えを担当していたのがあっちゃんだったんです。だから柚木先生も「田中敦子さんから連絡がきた!!」っていう感じだったらしくて。打ち解けるのは早かったですね。その後、他の先生方の賛同ももらって、出版社(新潮社)の方にもお話をしてくれて。
――朗読のチャリティー企画が少しずつ具体化していくなかで、戸惑ったこともあるのではないでしょうか。
井上:もちろんありましたし、今でも課題はたくさんあります。でも、本当に一つ一つクリアしていくしかなくて。例えば、作品を朗読する声優は、私とあっちゃんが一人ひとり声をかけていったんですけど、声優個人が持っている考え方はそれぞれ違います。是非やりたいと言ってくれる人もいれば、声優を職業としている限り自分はできないという人もいました。この「文芸あねもねR」の企画は無償でご協力いただいていますから。また、すでに別の支援活動をしている人もいらっしゃいました。ただ、それぞれ復興支援のために何かをしたいという気持ちがあることは事実ですし、その中で協力していただけるという人にお願いをするようにしています。
――普段はキャスティングされる側に立たれていると思いますが、自分たちでキャスティングを考えるという経験はなかなかないのではないですか?
井上:そうなんですよ(笑)! あっちゃんと2人で本を読みながら、この作品は朗読にしようとか、ドラマ風にしようとか、あの子に読んでほしいね!とか、どうすれば聞いてくれる人が楽しんでくれるかということを考えて。ディレクター気分で(笑)自分たちの仕事ってこうやって作られていくのかと思いながらやっています。
――他に大変だったことはありますか?
井上:もう一つ大きな壁が録音ブースでした。ちゃんとした録音ブースをレンタルするとすごくお金がかかってしまうんです。でも、文化放送さんのご厚意でクリアできることになって…。その他にも目に見えない部分でやらなければいけないことがたくさんあって、とても大変でしたね。
――このチャリティー企画のブログを拝見していると、奇跡が起き続けている企画だと感じたんですね。昨年の10月に7作品目になる豊島ミホさんの『真智の火のゆくえ』を収録されていましたが…。
井上:そうそう、『文芸あねもね』の中では一番長い豊島ミホ先生の作品なんですが、これがもう、大作でして(笑)今は編集しているところですね。
――その作品を朗読している浅野真澄さんが、豊島ミホさんの大ファンだった。これは不思議な縁だと思います。
井上:これはね、本当に奇跡でした! 長い作品って読むのにも大きなエネルギーが必要なんです。だから、誰にお願いをしようかってすごく悩んでいたとき、ますみん(浅野さん)が喜んで受けてくれて、事務所の青二プロダクションさんにもご協力いただけて、「神様!」って思いました(笑)ますみんは豊島先生の作品を全部読むくらいの大ファンで、やっぱり愛情と読み込む力がすごいんです! これはぜひ聞いてほしいですね。
――そして今年の4月には宮城県石巻市で田中敦子さん、大塚明夫さんとともにチャリティーイベントを開催されました。活動がはじまってから2年、復興支援が一つの形として結実しているようにも思えました。
井上:被災地でのイベントというのは、私たちとしても一つの大きな目標でした。これを始めた頃、先生方との打ち合わせでイベントをしたいという話をしていたとき、「ぜひ、被災地でイベントをしてほしい」という言葉があがったんです。皆さん、同じ想いなんですよね。でも、1回だけではなく、どのように続けていくかが一番大切なんだと思います。
――以前のイベントの際に、この『文芸あねもね』のあとがきで山本文緒さんが書かれていた「何事もやり始めることは簡単でやり切ることは困難です」という言葉を引用されていて、確かにすごく難しいなと思いました。
井上:そうなんですよね。だから、私もあっちゃんもくじけそうになるたびに、この山本先生の言葉を思い出しています(笑)始める時の「やろうよ!」というエネルギーって、ワクワク感に溢れているのですが、やり遂げるまで続けるのは難しいなと。
でも、このチャリティー企画って本当にパワーがすごいんです。先生方とも仲良くなってぶっちゃけトークをしたりして(笑)そのパワーを持って続けていくことが大切なんですよね。人と人のつながりで生まれる楽しさやパワーを良い形に変えて広げていくことが、被災地の方々の手助けにつながるかもしれない。そんな風に思っています。
(後編は明日配信予定!)
■井上喜久子さんプロフィール
声優。神奈川県出身。
現在のレギュラー番組は「リゾーリ&アイルズ」(モーラ・アイルズ役)、「宇宙戦艦ヤマト2199」(スターシァ役)、テレビ東京「しまじろうヘソカ」(しまじろうの母役)、「FAIRY TAIL」(ミネルバ役)、「ハンター×ハンター」(パーム役)、「ガイストクラッシャー」(白銀ひのこ役)、文化放送超!A&G「It’s a voiceful world」。
■朗読チャリティー企画「文芸あねもねR」について
・公式ブログ(文化放送ウェブサイト内) http://www.joqr.co.jp/anemone-r/
・ダウンロードページ(有料/オーディオブック配信サービス「FeBe」)
http://www.febe.jp/feature/466
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