生きていればうれしいことがある反面、つらいことや落ち込むこともあります。もしかすると「いいことと悪いことは半分半分」というのはウソで、実際は悪いことの方が多いのかもしれません。
そんな人生を、幸せを感じながら生きていくにはどんな心構えとは何か?一体どうすれば私たちは毎日ハッピーに生きられるのか?
その秘訣を探るべく、今回は『ほとけ様に教わった 毎日をハッピーにする90の方法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/刊)の著者で、秩父札所十三番曹洞宗慈眼寺の住職である南泉和尚にお話を伺いました。今回は後編をお届けします。
―自分のコンプレックスが原因で幸せを感じられないという人もいます。コンプレックスとの折り合いのつけ方について何かアドバイスをいただけませんか。
南泉:コンプレックスはあっていいものですよ。他人と比べて自分はダメだと思っているだけで、とらえ方ひとつで武器にもなる。もしかしたら自分の人生を変えてくれる武器かもしれない。
僕だって背は低いし足は短いし、何で女の子は自分に振り向かないんだ、と思っていたことはあります。でも「俺は俺でいいや」と思って人と比べるのをやめたらすごく楽になりました。
―そうやって生きられるとすごく楽ですよね。
南泉:本当に楽です。もちろん、それで一切の悩みがなくなるわけではないのですが、少なくとも迷いはなくなります。
―仏教的価値観の中での「いい生き方」とはどのような生き方なのでしょうか。
南泉:毎日同じ時間に同じことをすることですね。その規則的な生活の中に、毎日ちょっとだけ自分への課題を設けてあげるといいと思います。
この本ではそれを「ティッシュ一枚の成長」と書いているんですけど、毎日少しずつ自分の成長につながるようなことをする。そうすれば、それは昨日と同じ一日ではありません。これは大きなことを成し遂げるコツでもあります。
―これは簡単そうでとても難しい。
南泉:それでいいんです。僕もできませんでしたし、今でも難しい。でも、課題といっても本当にちょっとしたことでいいんですよ。あとは意識ですね。毎日「昨日よりティッシュ一枚分は成長するぞ」って自分に言うようにする。そうすると後は脳が勝手にやってくれます。
脳は言われた通りのことしかしません。マイナスのことを脳に指示したらマイナスのことをしますし、「成長しろ」と指示したら成長します。
―では、「悪い生き方」とはどのような生き方ですか?
南泉:自分で自分をダメだと思ってしまう生き方ですね。自分のことを好きになれないと命に対して失礼じゃないかと思います。
歳をとっていようと、肩書きがなかろうと、体が不自由だろうと、ではその人が劣っているかというとそんなことは全くありません。「俺は俺、私は私」でいいんですよ。
―こちらの本をどんな人に読んでほしいとお考えですか?
南泉:これは特に想定していません。難しいことは書いていませんので、若い方からお年寄りまで読んでみていただきたいですね。
今あまり元気がない人に読んでいただいて、勇気をもらえたとか、少し元気になったと言ってもらえたらうれしいです。
―最後に、読者の方々にメッセージをいただければと思います。
南泉:僕は、どうしたらみんながハッピーになれるのかとずっと考えてきたのですが、思うのは、幸せの種は実はほんの小さな日常の中にこそたくさんあるということ。この本を通してそれに気づいていただけるとありがたいですね。
苦労のない人生なんてありません。それならその苦労を楽しんでしまう。そうやって自分の命を遠慮なく使い切ってほしいと思っています。
何をしたか、何ができたかではなく自分自身を精一杯生きること。それこそが実はとっても幸せなことなんですから。
(新刊JP編集部)
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