日本の医療の崩壊が叫ばれて久しい。
医療費の高騰や患者のたらい回し、医療訴訟、医師不足、地域医療の崩壊など、「医療危機」について他人事ではないと考えている人も多いはずだ。なぜならば、生まれてから死ぬまで医療機関に関係しない人はいないからだ。
だからなのだろうか、医療に関するスキャンダルはセンセーショナルなものになりやすく、日本国民の視線はかなり厳しい。そうした中で、医師たちは患者の命を救うべく、過酷な勤務をこなしているという現実がある。
科学ジャーナリスト賞2011を受賞した『博士漂流時代』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/刊)の著者であり、病理医(病理診断を行う医師のこと)の榎木英介氏は『医者ムラの真実』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/刊)で医療業界のリアルな状況を描き出している。本書には “告発本”や週刊誌の記事にあるようなセンセーショナルな書き方はなされていない。榎木氏が医師として見ている業界内部が淡々と書かれている…のだが、やはり私たち一般人から見ても、医師の世界は変わっているということがよく分かる。
榎木氏が医療業界を「医者ムラ」と呼ぶ理由の一つとして、「学閥」によって業界が鳴り立っていることがあげられる。そして、その学閥はいくつかのグループに分けることができる。
●国公立大学
・旧帝国大学(東京大、京都大、東北大、北海道大、大阪大、九州大、名古屋大)
・旧六医科大学(戦前に医学専門学校だった6つの大学。千葉大、新潟大、金沢大、岡山大、長崎大、熊本大)
・新八医科大学(戦前の旧制大学由来の官立医科大学が戦後新制医大に移管したもの中心。東京医科歯科大、弘前大、群馬大、信州大、鳥取大、徳島大、広島大、鹿児島大)
他に旧設医科大学、新設医科大学。
●私立大学
・私立旧制医科大学(大正時代に設立された御三家。慶應義塾大、東京慈恵会医科大、日本医科大)
・日本大学医学部
他に旧設私立医科大学、新設医科大学。
榎木氏によれば、学閥関係なく実力で教授が選ばれることもあるものの、この学閥が完全に駆逐されたわけではなく、人的ネットワークとして機能しているという。
では、どうして学閥が生まれるのだろうか。それは医学部の特異性が要因としてあげられる。医学部は多くの大学で別の校舎にあり、人間関係はその学部内でしか形成されなくなる。もちろん、連帯感が生まれるという良い効果があるが、他学部の学生とのつながりはなくなり、いわゆる“社会から断絶されている”状況を生みやすいのだ。それと、忙しいのでアルバイトをすることも難しいということも付け加えておこう。
さらに、それぞれの大学の医学部には関連病院がある。関連病院、通称「ジッツ」は、医師が特定の大学の意向で決められている病院のこと。特定の大学と提携することで医師を安定的に派遣してもらえる一方で、大学側も医師の就職先を斡旋できるメリットがある。この関連病院の数は大学によってかなりの差があり、歴史の古い大学ほど、多い傾向にある。すなわち、旧帝国大学グループにある大学の関連病院の数は多くなるのだ。
しかし、関連病院に医師を派遣するのは大学ではないし、その大学の学長でもない。では誰がするのか、というと「医局」という存在だ。「医局」とはそれぞれの大学の診療科を指す。たとえば、循環器内科とか呼吸器外科に所属することを「入局する」などというそうだ。そして、榎木氏はこの「医局」を「診療科を単位として、その科の教授を頂点とする運命共同体」と解釈している。しかも、「医局費」という会費を徴収するところが多くあるそうで、「まさにみかじめ料だ」と指摘する。
そういった構造なので、医局の頂点となる「親分」たる教授を選ぶ「教授選」は、医局の末端の医師たちにとっても大きな出来事となる。誰が教授になるかで医局の命運がかかっているので、怪文書が出回ったり、そのタイミングでスキャンダルが明るみになることもあるそうだ。
そして、トップが変われば運営の方針も仕事のやり方もガラリと変わる。患者そっちのけで教授選が優先される。そこにあるのはプライドとキャリアだ。まさに、ドラマの世界である。また、大きな医局で安泰な医師がいるということは、医局に所属していなかったがゆえに力を発揮する場所がない医師を生み出すことを榎木氏は指摘する。
こうした奇妙な運命共同体の中で、過酷な勤務を強いられ、さらに社会から厳しい目で評価される医師たち。問題が山積みとなっている医療業界の実態を暴いた本書は、私たち一般人こそ読むべき一冊であろう。
(新刊JP編集部)
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