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祖業を切り離した造船会社のV字回復までの3000日

 経営の舵取りには悪魔が潜む。
 時に逆風が吹き荒れ、時に大波が船体を飲み込み、行く手を阻む。
 古川実氏が代表取締役社長という艦橋に足を進めたとき、まさに日立造船は沈みかけた船だった。経営改革へ向けた歴代社長の血のにじむ努力をあざ笑う風が、130年を誇る老舗企業の帆を今まさにへし折らんとしていたのである。

 ダイヤモンド・ビジネス企画編集長・岡田晴彦氏の筆による『陸(おか)に上がった日立造船』(ダイヤモンド・ビジネス企画/編、岡田晴彦/著、ダイヤモンド社/刊)。日立造船が船のない新たな旅路へと舵を切る、その苦難と葛藤を描いた一冊である。

 日立造船の創業は1881年、明治時代にまで遡る。前身である大阪鉄工所は、幕末の貿易商、エドワード・ハズレット・ハンターの手により創業され、大阪における洋式造船業発展の基礎を築いた。約3000坪の敷地面積と200人あまりの従業員から産声を上げた造船所は、近代化を急ぐ時代背景を追い風に、順調に業容を拡大させた。
 桜島工場、因島工場を次々と開設し、最新鋭の大型貨物船建造に成功するなど、明治時代末期には日本三大造船所の一角を担うまでに成長する。当時の大手造船所はほとんどが官営工場の払い下げにより誕生していたという経緯もあり、民間発祥の造船所としては異例の快挙といえた。

 明治から大正へと時代が進むと、ついに日立造船は日本の造船業界トップへと上り詰める。日立製作所の傘下に入ったことで経営は安定し、1937年には因島工場で民間最大の3万トンドックを建設するなど繁栄を極め、1943年、業態を対外に示すことを目的に社名を日立造船株式会社と改めた。
 その後、財閥解体を経て独立企業となった後も計画造船という国家戦略に後押しされる形で好調を維持し、輸出船ブームに乗って日本の造船業は世界首位へと登りつめた。

 そしてここからが日立造船の苦難の旅路の始まりだった。1970年代、造船事業に陰りが差すと、1982年には海運市場が不況に転落。新造船の受注量が激減した1985年、プラザ合意による急激な円安が、日立造船を大幅な赤字へと突き落とした。
 2度にわたる人員削減、分社化経営の推進と苦しい経営を強いられながらも、バブル景気や環境事業の躍進に助けられる形で経営はゆるやかに回復の兆しをみせた。

 ところが1997年、公共事業の引き締めにより外部環境が大幅に変化すると「何が何でも受注すべし」という売上至上主義を助長。受注時のリスクが軽視された結果、工事損失による大幅赤字を生んで企業力は低下した。
 資産の売却や固定費削減という施策の果て、ついに2002年、造船分離を決意する。しかし分離に伴う退職金工面や工場の廃棄ロスなどによる特別損失により、日立造船は半額減資を余儀なくされた。
 
 ――そのとき、経営の舵取りを任されていた古川氏は受話器を握りしめていた。
 電話の相手は、日立造船のかつての社長たちだった。
 もうこれしか方法がないのです。
 告げた言葉は相手にどう響いたのだろうか。しかし、かつて日立造船を支えた経営者たちは古川氏の決断を静かに受け入れ、そっとその背中を押した。
 ユニバーサル造船の株式売却。それは、日立造船が130年共に歩んだ祖業・造船業から完全撤退を宣言し、陸(おか)に上がることを選んだ瞬間だった。

 祖業を離れて、陸に血路を拓いた人々の挑戦と葛藤。船のない新たな旅路はどこへ繋がっていたのか。窮地の日立造船を救った新たな主力事業とは。日立造船、名門復活への3000日。知られざる舞台裏は、この一冊に詰まっている。
(新刊JP編集部)

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