終身雇用が崩れ、働き方が多様になりつつある今、起業を考える人の数は確実に増えているはずです。
しかし、当然のことながらきちんと計画して起業しないと、すぐに行き詰まり、結局は失敗に終わるリスクもたかまります。特に気になるのは「お金」です。
起業に当たって、「お金」の面でどんなことが大事になるのでしょうか。
『起業する前に読んでおきたい お金の本 小さな起業のファイナンス』(ソーテック社/刊)の著者で税理士の原尚美さんにお話を伺いました。今回はその後編をお届けします。
―創業時に融資を受ける際は、自己資金の額が目安となって、その額が上限になることが多いそうですね。
原「そうですね。事業主の場合は2パターンあって、地方自治体に借りる場合は、その自治体にもよるのですが、大体は自己資金の額が上限です。ただ、日本政策金融公庫に借りる場合は、自己資金の倍まで貸してくれます」
―民間の金融機関の場合はどうなりますか?
原「担保があったり、親が資産家で保証人になってくれるというケースは別ですが、民間の金融機関はほとんどが貸してくれないと思います。民間の金融機関の場合は、決算書を元にその会社を評価しますので、その数字が良くないと融資をしないことが多いです。つまり、過去の実績が必要なんですね。
こういった金融機関には検査マニュアルというのがあって、創業して2、3年経っている会社に対しては、そのマニュアルに照らし合わせて、“この会社は業績がいいから貸しましょう”となりますが、創業融資の場合は過去の実績がないので、大きな銀行になればなるほど貸してくれません」
―ファイナンスの観点でいうと、創業したもののうまくいかないという場合はどういったことが問題なのでしょうか。
原「最悪のケースを想定してシミュレーションしていないことです。ビジネスはうまくいくことよりも、うまくいかないことの方が多いものです。それなのに、売り上げ予測は甘く見積もってしまいがちですし、経費は自分が思っている以上にかかってしまうものです。
そういう楽観的な予測でスタートしてしまうと、予想外のことが起きたときに適切な判断ができません。特に起業したばかりでは失敗をリカバーする体力がないわけですから。
だけど、お金の問題でダメになる会社というのは、本当はないんですよ」
―というのはどういうことですか?
原「会社が本当にダメになる時というのは社長がやる気をなくした時です。逆に、社長がこの会社を続けるぞと思っている限りは、どんなに資金繰りが苦しくても潰れないんですよ。
どこかからお金を集めたり、少しでも売り上げを上げる努力をしたり、支払いを延ばしてもらったり、手段はあるんです。でもそういった手段を取るエネルギーがなくなってしまった時に会社は潰れてしまいます。
つまり、ファイナンスやお金の問題は、起業を成功させるための最大のポイントではないんですよ。それこそ国や自治体が融資をしてくれていて、それを使って比較的簡単にお金を借りられるわけですから。ただ、そういったことはあまり知られていないんですよね」
―私も国や自治体が創業融資をしてくれるというのは知りませんでした。
原「過去のデータを見ても、創業資金を公的機関から調達した人の割合は10数%ですから、起業をする方もあまり知らないんだと思います。
ただ、知らないと最初から親に借金をしたりして、なけなしのお金を使ってしまいがちです。創業時に公的機関からお金を借りておけば、もしうまくいかなくなった時に、最後の手段ということで親からお金を借りたりすることができますから、そういう手段は困った時のために取っておくべきです。事業がうまくいかなくなってからでは、融資を受けようとしても難しくなります。そういう意味では、融資は創業時の方が受けやすいといえますね」
―「家族や友人」と「金融機関」の両方からお金を借りられる状況にあるなら、創業時は金融機関からの融資を優先した方がいいわけですね。
原「間違いなくそうです。繰り返しになりますが、創業時であれば金融機関は事業計画書だけで融資してくれますが、経営がうまくいかなくなったから融資してくださいと言っても貸してくれません。
でも、親なら貸してくれますよね。だから金融機関から借りられなくなったら親に借りるというのが資金集めについては正解なんです」
―とはいえ、金融機関から借金をするということへの抵抗感から、先に親や友人から借りてしまう人が多いのではないですか?
原「圧倒的に多いですね。借金はみんな嫌ですから。親に借りれば“ある時払い”“出世払い”が通じるということで安易にそっちを選んでしまうのですが、これは絶対間違っています。
そもそも、起業はある程度のリスクを取らないとダメなんです。リスクを取れない人にリターンはありません。借金が嫌だからしないという人がたまにいますが、そういう人は起業には向いていないのかもしれません」
―公的機関が融資してくれないというケースはないのでしょうか。
原「公的機関に融資を断られたとしたら、それは事業計画やビジネスモデルがプロの目から見て、実現性が低いと判断されたということです。彼らは基本的に起業家を支援したいという気持ちで事業計画を見てくれます。だから、よほどのことがない限りは貸してくれるはずです。断られるとしたら、過去に自己破産したなど個人的な問題があるか、プロが見てダメな事業計画だったかのどちらかだと思います。なので、創業時にプロの金融機関に融資を申し込むということは、事業計画の実現可能性を判断してもらうという意味があります」
―融資も含めた資金集めという面で、成功する起業家とそうではない起業家の違いはありますか?
原「リスクヘッジを考えて資金集めができているかどうかというのがあります。
たとえば、起業する人がつい忘れがちなのが、自分のお給料のことです。少なくとも起業してから1年くらいは、食べていけるくらいのお給料は確保しないといけないのですが、“軌道にのるまでは自分のお給料はいいや”と思ってしまう人が多いです。それではダメで、自分のお給料はきちんと確保しないといけません。
あとは赤字補てん資金を用意しておくことも大事ですね。
先ほど申し上げたように、事業がうまくいかなくなってから公的金融機関に融資を受けるのは難しいので、赤字になった時の補てん金は創業時の計画の中に組み込んでおくべきです。
反対に、成功する起業家の方の特徴としては、自分がどこに到達するかという目標が明確に見えていることが挙げられます。
1年後の売り上げがどのくらいで、経費がどのくらい、その時にどれくらい資金があれば会社が回っていくなというイメージが具体的にわく人は成功しやすいのではないかと思います。それを持っていれば、もし計画通りにいかなかったとしても軌道修正がしやすいんです」
―本書には、資金集めという観点から、事業計画書・創業計画書の書き方や、起業してからのファイナンスについて解説されています。本書を読めば起業にまつわるお金の問題は解決できそうですね。
原「大丈夫です。ファイナンスとは資金調達だけではなく、事業で利益を出して、融資を受けたお金を返していくということです。この本ではそこまで書かせていただきましたので、起業を考えている方に参考にしていただけるとありがたいです」
―最後になりますが、本書の読者として想定される、起業を考えている方や既に起業したという方に、税理士の視点からメッセージをいただければと思います。
原「日本の企業の99%以上は中小企業です。だから日本を活性化するためには中小企業の力が必要なんです。
最近、仕事で東南アジアに行くことが多いのですが、カンボジアやミャンマーの大学生の起業への熱はすごいものがあります。日本の若い方もどんどん起業して、日本経済を活性化していって欲しいですね」
(取材・記事/山田洋介)
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