精神医療の世界の中に「病理は世襲する」という言葉があるそうです。これは、"こころの病気は親から子へと引き継がれていく"という意味です。
親の"呪縛"は、大人になっても常に自分を縛り続け、苦しめます。肯定されない、愛されない、承認されない、どんなに頑張っても心の底でそう感じてしまうのです。
漫画家の松本耳子さんは、完璧主義で決して「できない」を認めなかった母親と、反社会的でロクデナシな父親の間に長女として生まれ、20代の間は常に生きづらさを感じ、承認欲求のゾンビとなっていたそうです。
『毒親育ち』(扶桑社/刊)は、松本さんが自らの半生をつづったコミックエッセイで、「毒親」の呪縛から脱する糸口をつかむまでが描かれています。
松本さんの父親は、母親とくっついたり離れたりを繰り返し、ほとんど子どもに興味を示さず、愛人を作って、あまり家に帰ってこないというハシにも棒にもかからない人。身内にお金をせびり、自分の息子を借金の連帯保証人にするなど、やりたい放題です。
一方の母親はヒステリックで完璧主義。切羽詰まると、怒鳴り散らかします。また、松本さんが長女だったためか、幼いころから「何でも一人でするように」と叱り、松本さんの「できない」を許しませんでした。
また、松本さんには妹と弟がいましたが、妹はヤンキーで一切家の手伝いをせず、弟は両親の離婚をきっかけに引きこもりがちになり、高校を中退。家の手伝いも一切しません。
そんな家庭環境の中で育った松本さんは、いつからか自分で自分を甘やかすことのできない人間になり、過剰な義務感を背負って、誰かに認めて欲しくて、倒れるまで働き続けるような生活を送ります。
そうした日々の転機となったのが、両親の相次ぐ死でした。承認欲求を満たしてくれるはずだった両親が亡くなったことで、自分で自分を愛さないといけないと思ったのです。様々な本を読み、こびりつく考えを無理やりリセットしながら、感情をデトックスしていく。すると、次第に親にしてもらったことや楽しかったことが頭に浮かんでくるようになり、親も自分も許せるようになっていきます。
そして、親身に支えてくれる夫と、2人の子どもという家族に恵まれた松本さんは、自分の悪い部分を知って、親からの「悪いバトン」を断ちきり、なるべく「いいバトン」を自分の子どもにつなげられるように心がけるようになったといいます。
本書の解説で、精神科医の熊代亨氏は「毒親」になってしまう人に見られる傾向について、次の4つをあげています。
・生活や子育てに対して不安の強い母親
・心身の病気を患って余裕のない母親
・母親自身が心理的充足に飢えている
・家庭にしっかりした父親の存在感がない
この中でも、特に最後の「父親の存在感」は、母親の毒親化予防として重要だとしています。「イクメン」という言葉が広まりつつあるように、父親の育児参加は社会的に重要な課題です。母親の負担を減らし、二人で子どもを育てていくことを精一杯やることが「負の継承」を断ち切る上で大切なことであり、少しでもいい未来を模索していくほかないと熊代氏はアドバイスします。
本作を読んで、もしかしたら松本さんのことを他人事とは思えない人もいるでしょう。「毒親」から解放され、自分を認めてあげられるようになるために、この松本さんの"告白"は読者に大きな意味をもたらしてくれるはずです。
(新刊JP編集部)
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