「平成の大横綱」と聞くと、朝青龍や白鵬といった力士を思い浮かべる人も多いだろうが、忘れてはならないのが第六十五代横綱・貴乃花の存在だ。現在は貴乃花親方として後進の指導にあたりながら、相撲界の人気を取り戻そうと様々な試みを行っている。
そんな貴乃花親方だが、現役時代からあまり多くを語らない印象がある。若貴ブームの時も、洗脳騒動のときも、家族の不仲が噂されたときも、メディアの前にあまり出ようとはしなかった。
寡黙な貴乃花親方が40歳を迎え執筆した『生きざま』(ポプラ社/刊)は、子どもの頃から今に至るまでの半生を振り返った一冊だ。
では、あの騒動の真相の内実は一体どういうものだったのだろうか? その一部を本書よりご紹介しよう。
■洗脳騒動で口を閉ざしていた理由
貴乃花は整体師に洗脳されていて、師匠や兄と不仲になっている――そんなニュースが連日ワイドショーで飛び交った。あれは一体どういうことだったのか?
そもそもは兄と一緒にその整体師の指導を受けていたが、あれこれ注文をつける厳しい指導に兄は途中離脱。一人で整体師の元に通い続けていた。ところが、それが「洗脳騒動」として大きく発展しまうことになる。
渦中にいた本人は、過熱する報道に対しても全く応じようとしなかった。子どもの頃からマスコミに注目されてきた貴乃花は、何を言われようとも動じなかったが、師匠までが「貴乃花は洗脳されている」と言い始めたのだ。ここまで、反論したら身内の恥をさらすようなものだと考えていた貴乃花だったが、「おそらく師匠の取り巻きや兄が吹き込んだのだろう」とつづっており、かなりの動揺があったと思われる。
■小泉元首相の「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」の裏で
数ある名勝負の中でも欠かせないのが、2001年5月場所の千秋楽だろう。前日の武双山との取り組みで右ひざに大けがを負った貴乃花だが、周囲の勧めを振り払い、優勝を賭けて武蔵丸と相対する。しかし、あっけなく負けてしまい、再度武蔵丸との優勝決定戦が行われることになる。
実はこの優勝決定戦の土俵上、通常の所作の流れでしゃがみこんだとき、膝が外れてしまったというのだ。しかし、塩を取りに行き膝を回しているうちにうまいことはまり、執念の一番で武蔵丸を下し、22回目の優勝を飾る。まさに満身創痍での優勝だったが、次の場所から7場所連続で休場を強いられることになる。
■病床の父をめぐって身内からやり玉にあげられる
父を「師匠」と呼び、常にその背中を追い続けた貴乃花親方。病床についた父に対しても敬意を含め、あくまでも「師匠と弟子」としての節度を守ろうとして接し、そして誰よりも回復を信じていた。
しかし、その一方で、身内の関心は遺産相続に移っていき、再び貴乃花親方は身内からやり玉にあげられてしまう。理由は家の権利書などを預かっていたためであった。しかし、それは入院以前のことであり、しばらく家を空けるときは念のため、貴乃花親方の妻に大事な書類が入った封筒を預けることになっていたのだ。
病室内で針のむしろになった貴乃花親方は、妻に「もう病院には来るな」と告げる。本書では、「どれほど父のことを思ったところで、その思いは結局、父には届かないのだ」と寂しげにつづっている。
そして、貴ノ浪(現・音羽山親方)の断髪式に出席した直後、容態は悪化。余命三カ月を宣告される。そのとき、貴乃花親方は久しぶりの涙を流したという。そんな父は病床でこんなメモを貴乃花親方に遺したという――「家族が一番」「部屋を頼むぞ」。
家族のこと、特に父親であり師匠でもある貴ノ花のことについてはより深く語られているほか、どうして兄は引退後、相撲界から飛び出し、弟は相撲界に残ったのか、若貴兄弟の性格の違いがよく分かってくる。何かと世間を騒がせた一家の本当の姿が見えてくるだろう。
また、子ども向けとして『一生懸命』をポプラ社から同時刊行している。日本の国技である相撲の人気を再興していきたいという強い想いと決意が伝わってくる一冊だ。
(新刊JP編集部)
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