近年、すっかり定着した「推し」という言葉。
「推し」ができれば、つらいこと続きだった人生に彩りが生まれる。
そこから世界は思わぬ勢いで広がっていき、いつもの景色からいろんなことが発見できる。
『推してみて』(幻冬舎刊)はそんな「推し」ができたことによって毎日が変わる様子を描いたエッセイである。
著者のナカムラエムさんは勤務していた会社で室長による陰湿なハラスメントに悩まされていた。相談窓口に訴えても、部長に話しても、状況は変わらない。そんなときに寄り添ってくれたのが杏子さんだった。
そして杏子さんの存在はナカムラさんの「推し活」を後押しする。
ナカムラさんは杏子さんの家をまねして、テレビを買い換えることに。そして、ネットに接続し、動画配信サービスで見つけたのがドラマ版『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(『チェリまほ』)だった。それから映画を楽しみにし、コミックを買い、どっぷりと『チェリまほ』に浸かり、まさに「思わぬ勢いで」世界は広がっていった。
この『推してみて』には、さまざまなナカムラさんの『推し』が登場し、語られている。その中でもひときわ愛を注いでいるのが「BL」だ。
「BL」にときめく理由について、ナカムラさんは「相手にどう受け取られるか、わからないだけに、なかなか言えなかったりして、思いが募るせつなさ」(p.44より)だとつづり、「もうあほと言われようが、きしょいと言われようが、かまいません。私はBLが大好きです」(p.58より)と宣言する。
世の中の出来事、誕生日を迎えたあとに役所から届いた封書、デパートに行ったことなど、日常のちょっとした話も織り交ぜられているが、そうした話の先にはしっかりと「推し」がいる。
しかし、「推し」に傾倒しすぎる自分に注意を払うこともあるという。
推しがあると、毎日アンテナ張っているから、楽しいしどんどん興味が広がっていきます。ちなみに私はBLに傾き過ぎの調整と言ったら失礼かと思うのですが、『闇金ウシジマくん』を観ます。(p.42より)
自分の中でバランスを持ちつつ、好きなものに愛を注ぐ。これがナカムラさん流の「推し方」なのだろう。
◇
ナカムラさんは1958年生まれの65歳。「推し活」に本格的にはまったのはここ数年のことだ。パワハラを乗り越えて、本当の友情を見つけ、「推し」を見つけ、ナカムラさんの人生が大きく変わっていく様子が本書ではうかがえる。
もし、毎日の生活に停滞を感じているのであれば、試しに何かを推してみてはどうだろう。対象は人でも創作物でもなんでもいい。その対象への愛で心は満たされる。
「推しはきっと思わぬところにあなたを連れて行ってくれますよ」――「推し」の存在によって毎日が彩りあふれるものになったナカムラさんの言葉は、説得力がある。
(新刊JP編集部)
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