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史実だけ見てもわからない 直木賞作家・朝井まかてが語る「幕末という時代」

  • 書名 『グッドバイ』
  • 監修・編集・著者名朝井まかて
  • 出版社名朝日新聞出版

出版界の最重要人物にフォーカスする「ベストセラーズインタビュー」。
第108回の今回は『グッドバイ』 (朝日新聞出版刊)を刊行した朝井まかてさんが登場してくれました。

『グッドバイ』の舞台は、相次ぐ外国船の来航に揺れていた幕末の日本。長崎の油商「大浦屋」の娘・大浦慶(おおうら・けい)は先細る油商いに代わる新しい収益源として「茶葉」に目をつけます。売り込み先は外国。言葉もわからないし茶葉のことなんて何も知らない。無謀とも思える挑戦は、慶の人生を思わぬ方向に転がしていきます。

一人の商人の人生の因果と激動の時代が描かれたこの作品について、朝井さんはどんなことを語ってくれたのでしょうか。ここでは大浦慶の実像にさらに深く迫ります。

(聞き手・構成:山田洋介、写真:金井元貴)

■史実だけ見てもわからない「幕末」という時代

**――大浦慶の人物像はどう作っていったのでしょうか? **

朝井:史料を繰って、あとはただひたすら推測、想像です。今、そこに生きて動いている彼女を、悩み、苦しみ、グラバーと葡萄酒で乾杯している姿も想像して、書き写す。そうして書き継ぐうちに、ああいう人になったとしか言えないです。身も蓋もないですが(笑)。

――意外だったのですが、彼女について書いた本はそれなりにあるんですよね。

朝井:そう、けっこう有名人なんですよ。評伝も種々ありますし、NHKの「龍馬伝」では余貴美子さんが大浦慶の役を演じていましたね。妖艶で、かっこいいお慶でした。

実際、昔の評伝では、亀山社中の大スポンサーで、男たちを夜な夜なとっかえひっかえする怪しげな女商人という描かれ方をしたものもあります。女でありながらビジネスで大成功を収めたから、色欲もさぞ強いのだろうと、下世話な見方ですよね。それが長年引き継がれて、彼女のイメージを歪めてきました。

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――『グッドバイ』では、彼女の男性関係についてはほとんど触れられていませんね。

朝井:資料を読んでいると、男性とは縁のない人だったように感じたんです。恋愛沙汰があった方が小説としてはドラマチックになるのかもしれませんが、彼女の人生を見ていると、どうも恋愛している暇がない(笑)。長次郎に寄せた想いはまったく別物で、あの想いにこそお慶らしさがあると私は思っています。タイトルにも深くつながっている部分です。

――彼女の周辺の人物も、それぞれに個性があってすばらしかったです。彼らについても史実に基づいて書いているのでしょうか?

朝井:そこはフィクションの部分が大きいのですが、史実と組み合わせて造形した人物も多いです。

たとえば大浦屋の奉公人として登場する友助は実際にいた人物で、奉公人という立場にもかかわらず、大浦家の墓所に葬られていて、過去帳にも名前が載っています。 作中で書いた彼の人生については創作ですが、お慶にとって何か強い思い入れがあった人なんだろうなという考えが土台にあります。

――セリフなどから垣間見えるオルトやグラバー、テキストルといった当時日本にやってきていた外国人たちの思惑が生々しかったです。なぜ日本に目をつけたのかについても、それぞれに事情と狙いがあってすごくリアルに感じられました。

朝井:それこそが大浦慶を主人公に選んだ目的の一つだったので、そう言っていただけるとすごくうれしいです。当たり前のことですが彼らの日本観もさまざまで、グラバーのように自分が破産しても日本に尽くしてくれた人もいれば、そうでない人もいます。

――日本や日本人を下に見ていた人もいたようですね。

朝井:そう。明治に入ってからも、不平等条約が続いていた間は不心得な外国人も多くて。船の雑役婦や港の人足として日本人を雇いながら報酬を払わなかったりといったことも、頻発していたようです。

もちろん、外国や外国人によって日本にもたらされたものは多いわけですが、それは「維新」ありき、「近代化」ありきの見方であって。彼らの感覚的な日本観を、私はリアルに書きたかったんです。

――そこは史実だけ見ていてもわからないところです。

朝井:大雑把な言い方をすると、フランスは幕府についていましたし、イギリスとアメリカは倒幕派についていましたよね。当然、各国それぞれに思惑があって、彼らの覇権拡大闘争の一環として日本で動いていたわけですが、維新が成って日本の近代化が進むと、今度は「近代化によって日本人はいいところを失った、あんなに幸福そうな人々はいなかったのに」なんて惜しむんですからね(笑)。

近代化を急いだあまりに何を失ったのかは、今の日本人ならわかることですが、当時の人はまだわからなかったはずです。ただお慶の逡巡、疑問、予感めいたものに象徴させた通り、本作の重要なテーマにもなりました。

(聞き手・構成:山田洋介、写真:金井元貴)

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