2019年11月20日、安倍晋三首相の在職日数が憲政史上最長となる2887日となった。
自民党総裁の任期は2021年9月までとなるため、今の職務を全うすることになれば、3567日という長期政権となる。
そんな安倍首相が掲げる公約の中で、最大の議論の一つが「早期の憲法改正」だ。
今年1月には、安倍首相が憲法9条への自衛隊明記に改めて意欲を示したほか、新型コロナウイルスの流行の兆しを受けると、災害等の緊急事態の場合に国家が憲法秩序を停止して非常措置をとれる「緊急事態条項」の必要性がにわかに取り沙汰されている。
日本国憲法を改正するためには、憲法96条で「国会で衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成を経た後、国民投票によって過半数の賛成を必要とする」と定められている。 つまり、18歳以上の日本国民による国民投票が必要だ。
この国民投票を「よいチャンス」と捉え、日程をしっかり決めることで、憲法改正の議論が成熟していくのではないかと考える2人がいる。
爆笑問題の太田光さんと思想家の中沢新一さんだ。
2人は13年前、『憲法九条を世界遺産に』(集英社刊)で対談を行った。
当時からすでに騒がしかった憲法改正議論は、干支を一周し、それを越えた今、どこに行き着いているのか。
13年ぶりの続編となる『憲法九条の「損」と「得」』(扶桑社刊)では、太田さんと中沢さんの対談を通して、2人の現時点での憲法と改憲に対する眼差しが映し出されている。
まず2人の改憲に対する立場を整理しておこう。
中沢さんは、日本人のつくる国家の成り立ちにフィットしている、現実に対応できるような憲法が最適としたうえで、「国の成り立ちの条件が根本から変わるような時代がきたら、憲法は変えていかなければならないと思います」と語る。
太田さんは、本文中でははっきりと改憲すべきとも、絶対に憲法を改正するなとも言わない。あとがきで「『護憲』としての自分」と述べているし、13年前の前作でも護憲の立場ではあるが、憲法改正のための議論の活性化を強く求めている。もっと日本中で議論を、というのが太田さんの考えのようだ。
その上で2人の考えに共通していることも多くある。
その一つが、改憲議論の成熟の必要性だ。
前述したように改正のための国民投票は、議論の活性化のための良い契機になるかもしれない。
夏に開催されるオリンピックに向かって、今、テレビをはじめとしたメディアはたくさんのアスリートたちを取り上げている。つまり、日程が決まってしまえば、そこに向けて様々なものが動き始めるのだ。
「国民投票をやると決まれば、『なんなんだろう日本国憲法って?』っていうとこから、みんなが話し合える、結論も出せる」とは太田さんの考えであり、中沢さんは「右や左のイデオロギーの人たちばかりじゃなくて、脱イデオロギーを完全に遂げた世代の現実感覚も交えて、ガーガーやるのです。そういう状況はむしろ好ましいんじゃないかな」と言う。
もう一つ、2人に共通している認識がある。それは改憲議論のための最重要材料であり、日本人の将来をかたちづくる「自民党の憲法改正案」の物足りなさである。
特に太田さんが不満だと述べているのが、安倍首相の姿勢だ。
太田さんは護憲であっても、改憲であっても、極端さを求める。例えば、「自衛隊の明記」については、「安倍さんのほうには『軍隊を持ちましょう、しかも世界一の軍隊を持ちましょう』っていう極端な理論を掲げてもらって、こっちは『非武装、まったく丸腰にしましょう』と。要するに両極端にふれないと、話し合ってて面白くないと思うわけですよ」と述べる。
本書を読んで太田さんの言葉に対して「そんなに極端に振れなくても...」と思うかもしれない。しかし、言葉の間からは、このくらい極端でなければ大衆の目を向けることができないという考えを垣間見ることもできる。
また、中沢さんも「改憲したいんだったら、はっきりと自衛隊を国防軍と規定するなり、極端な話天皇に統帥権を与えるなり、そこまで踏み込んだ改正案を出さないと、改憲する意味がない」と述べ、「自民党の改憲案を見て、一つ不安に思ったことがあります。それは内容の凡庸さにたいする不安です」と口にする。
◇
中沢さんが危惧するのは、このまま議論が盛り上がらないまま日本で国民投票が行われ、改憲するにせよ、そのままにせよ、「どちらに転んでも日本人にとってよいことはあまりなさそう」ということだ。
その議論の切り口はいくらでもある。その一つが本書のタイトルにもある「損」と「得」でもいい。九条を含めた今の憲法は、日本人にとって「損」か「得」か。改憲し、自衛隊を明記することは日本人にとって「損」なのか「得」なのか。
幸い、この日本は誰でも自分の意見を発言できる社会である。2人の考えに合う、合わないはもちろんあるという前提の上で、自分自身はどう考えるのか、これまでの日本の歴史を勉強しつつ、意見をかたちづくってみてはどうだろう。
(新刊JP編集部)
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