「AIやロボットに人間の仕事が奪われる」と言う人がいる。
別の人は「気候変動が取り返しのつかないレベルになりつつある」と言う。
未来についてのこうした言説を聞いて不安にならない人はいないだろう。そして不安になるのは、未来が未知のものだからだ。
ならば、世界の現状がどうで、どんな問題があり、それがどう乗り越えられようとしているかを知ることで、未来に対してむやみに不安を覚えることはなくなるのではないか。未来は「わからないこと」だけではない。「わかっていること」も「予想がついていること」もあるのだ。目を瞑った楽観思考ではなく、著者は現状の社会と様々な形で接続するからこそ、著者の展望が多くの人に未来の明るさを見せるのだと思う。
メディアアーティストや研究者、経営者や大学教員などの様々な顔を持ち社会と接続する落合陽一氏は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ刊)で、技術や経済、環境など様々な分野で「今起きていること」と「これから起きるであろうこと」を明かしている。
一例として、私たちの生活に欠かせない「水」を見てみよう。水不足は今世界的な問題になっているが、水資源に恵まれている日本で暮らしていると、それを感じることはほとんどない。
日本人は豊かな川や地下水脈の恵みを享受しているだけで、他国の水を奪っているわけではないのだから、水の問題は日本には関係ないと考えるのは早計だ。日本人は他国の「見えない水」を大量に消費してしまっている可能性がある。
農産物や畜産物、工業製品を生産する際には、多量の水が使われる。一説によると、たとえばトウモロコシ1キロを生産するためには灌漑用水として1800リットル※1、それを食べて育つ牛の肉1キロを生産するのにはその2万倍の水が必要になるという※2。また、綿のシャツを1枚生産するためには、世界平均で約2500リットルの水が必要になる※3という計算をする研究者もいる。
日本は食料自給率が低く、食料の多くを輸入に頼っている。衣料品も中国や東南アジアなどコストの安い地域で生産して、輸入するのがメインといえるだろう。となると、上のような現状は、日本人が食料や衣料品を確保するために、他国の水を買っているともいえる。だから、日本も世界の水不足に、間接的にではあるが確実に一役買っていることになるのだと気づいた。
グローバリズムが進めば進むほど、物流も経済活動も国の枠組みを超えて複雑に絡み合うようになる。そうした世界では「干ばつ」や「水不足」といった現象面だけを見ていても、環境問題の本質を理解するのは難しいと落合氏は指摘する。たとえ一部の地域で起きていることであっても、その原因は世界のあちこちに、複合的に存在するかもしれない。この本を読みながら、もし、世界がこうした広い視座にたって水問題に取り組むようになったら、日本は苦しい立場に追い込まれるのではないだろうかと考えた。
◇
本書では、環境問題や貧困、教育、エネルギー、テクノロジーと経済といった、地球上の様々なトピックについて、今注目を集める「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」を土台に、最新のデータや池上彰氏など識者との対談を通して解き明かしていく。
たとえば、日本でもかねてから叫ばれている「所得格差」は、グローバルに見れば解消される方向に向かっているという※4。中国やインドを中心に中間層の個人所得が大幅に増加しているからである。この流れに取り残されているのは、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国の最貧困層と、日本も含まれる「先進国」の「中間層」だ。
どうしてこんなことになったのか。そして今後どうすればいいのか。マクロな視点で世界を見ている本書だが、私たちの実生活に関わるさまざまなことを考えるヒントを得られるはずだ。
普段は世界のことを意識することなく生活しているが、世界の課題やパワーバランスに思いを寄せることではじめて見えてくるものがある。『2030年の世界地図帳』は、そんな世界をファクトや地図で明確に示してくれたように思う。
(新刊JP編集部)
※1,2環境省「virtual water」[https://www.jccca.org/global_warming/knowledge/kno03.html] (最終検索日:2019年8月18日)
※3 Arjen Hoekstra & Water Footprint Network 2017, product-gallery [https://waterfootprint.org/en/resources/interactive-tools/product-gallery/](最終検索日:2019年8月17日)
※4 ブランコ・ミラノヴィッチ著 立木勝訳『大不平等―エレファントカーブが予測する未来』(みすず書房、2017)
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