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「うつ」はなぜ起こるのか 精神医学の世界的権威が挑む新理論

  • 書名 「うつ」は炎症で起きる
  • 監修・編集・著者名エドワード・ブルモア著、藤井良江訳
  • 出版社名草思社

多くの現代人を悩ませ続ける「うつ」。残念なことに、ここ30年ほどのあいだ、その治療法はほとんど進歩していないという。
しかし、最近、その状況に変化の兆しが見えてきたようだ。
「うつ」が身体の「炎症」によって引き起こされることを示す研究結果がいくつも積み重なってきているのだ。
うつに関するこの新しい見解を紹介するのが、ケンブリッジ大学精神医学科長で精神医学の世界的権威、エドワード・ブルモア氏の著書『「うつ」は炎症で起きる』(藤井良江訳、草思社刊)である。

■炎症の後にうつが発生しやすくなるという研究結果

本書は、うつと炎症の関係について最新の研究結果をいくつも紹介している。中でも興味深いのは、炎症の「後」にうつ症状が発生しやすくなることを示す研究だ。

例えば、2014年にイギリス南西部で1万5000人の子どもを対象にした調査によれば、うつ状態ではないが軽い炎症を起こしていた9歳の子どもたちは、18歳になった時点でうつ状態になっている可能性が高かった。
また、ある種の肝炎の治療のために、患者に人工的に強い炎症を起こさせることがあるが、その治療後、約3分の1の患者がうつの症状を起こすという。さらには、ワクチン接種直後に起きる軽い炎症によっても、一時的に軽い抑うつ症状が起きることが示されている。

このような炎症の「後」にうつ症状が発生しやすくなるという研究結果は、「炎症がうつの『原因』となる」という因果関係の向きを示唆していると考えられる。それは、「うつは心の持ちようの問題だ」「もっぱら脳内の問題だ」というこれまでの常識を覆すものだ。

■ストレスが引き金となるうつにも、炎症が関係している?

しかしなぜ、炎症が起きるとうつ症状が発生するのだろうか。これについては、進化論から説明ができるとブルモア氏は述べる。

うつの症状といえば、「引きこもり」「身体を動かさなくなる」「不眠」などが挙げられるが実は、これらは炎症が起きたマウスなどの動物にも見られるものだという。
感染症にかかった動物は、群れから離れて引きこもることで血縁者に感染を広げないようにする。そして体力を温存して回復に専念するためになるべく動かなくなる。孤独に過ごす危険に対応して周囲を警戒するために睡眠時間を削ることもするだろう。そのような進化を遂げた動物や人間は、そのDNAを子孫に残しやすかったのではないか、というのである。

さらに、この進化論的な考え方は、「ストレスがうつを誘発する理由」も説明する。 炎症には、体内の免疫細胞を活性化させ、外部から細菌などが侵入したさいに、すばやく迎撃するという機能がある。だから、争いに巻き込まれそうになったり、天敵に襲われそうになったりして、傷を負うことが予想されるときに、あらかじめ炎症を起こして免疫を活性化しておけば、生存確率を上げられるだろう。
つまり、危険を察知して、恐怖や不安などの心理的社会的ストレスを感じたときに、身体に炎症を起こすことは、進化的に有利に働いたと考えられるのだ。

この仮説については、まだ科学的な精査が必要とするものだ。だが、最近の研究では、人を軽いストレス状況下に置く実験(聴衆の前でスピーチや暗算をさせる)で、被験者が実際に炎症を起こすことが確かめられている。このことは、職場でのプレッシャーや、幼少期の虐待、離婚などのストレスが炎症を起こさせ、その炎症がうつ病を起こすという連鎖が存在しうることを示唆する。
うつの発症には多くの場合、きっかけとなるイベントが存在するが、そこでも炎症が重要な役割を果たしているかもしれないのだ。

本書は免疫学と精神医学の垣根を取り払おうとする、野心溢れる一冊である。ただ、著者自らが述べているように、本書は、精神医学界でもまだ異論がある、現在進行形の研究を紹介したものだ。この点を踏まえて、批判的な視点を持ちながら読むことが、この本の読者の態度として求められるだろう。
近い将来、ブルモア氏の指摘が、そしてこれらの研究が具体的な治療法に結びつくことを期待したい。

(新刊JP編集部)

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