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「孤立するロシア」はウソ? 日本人が知らないロシアの実態

  • 書名 『ビジネスマン・プーチン 見方を変えるロシア入門』
  • 監修・編集・著者名加藤学
  • 出版社名東洋書店新社

突然だが、あなたはロシアについてどんなイメージを持っているだろうか?

よく知られている「とても寒い」「美しい女性が多い」などの他に「独裁者が権勢をふるう国」「軍事力でクリミアを編入した横暴な国」といったどちらかというとネガティブなイメージを持っている人もいるかもしれない。

一方で、ロシアの実態は日本ではあまり知られていない。それは、日露間の人の行き来が日中間や日米間のそれと比べて極端に少ないことが理由の一つだろう。

では、イメージや先入観ではない「本当のロシア」はどのようなものなのか。国際協力銀行・元モスクワ首席駐在員の加藤学氏にお話を聞いた。

大きなポテンシャルを秘めたロシア市場について、現地でビジネスをする上での注意点、そして欧米に科されている経済制裁の影響など注目のトピックが飛び交うインタビュー前編をお届けする。

■「孤立を深めるロシア」は本当か

――加藤さんは国際協力銀行の行員としてモスクワに駐在した経験を踏まえて、『ビジネスマン・プーチン 見方を変えるロシア入門』で、日本で報じられることが少ないロシアの本当の姿を書いています。まずは、加藤さんが駐在して感じたロシアの印象についてお聞きしたいです。

加藤:私は2001年から2005年と、2013年から2017年の二回にわたって計8年間モスクワに駐在したのですが、最初に駐在する前はそれこそ「おそロシア」のように、日本の一般の方々がロシアに対して持つのと同じイメージを持っていました。「非常に寒くて、人は表情が乏しくてとっつきにくい」というものです。

ただ、実際に行ってみて、現地をひと通り見て回った方と話してみると「ロシアはやはりひどい国だ」という意見はまったく聞かなかったんです。自分の感覚としても、事前のロシアのイメージと実際に見たロシアは全く違って新鮮でした。これは少し視野が狭かったなと反省しましたね。

――どんな点が新鮮だったのでしょうか。

加藤:まず非常に親日的です。ロシア人は基本的に日本という存在を敬愛しているところがあるんです。

先進技術で戦後復興を成し遂げたというのと、伝統文化が日常の中に息づいているというところが好感度が高いんだと思います。あとは品質の高さというところで日本製品への信頼感は篤かったです。日本車は10年走ってもロシアの新車より故障率が低いとか、日用品は品質が均一で「はずれ」がないなどですね。

あと、現地の人と話すと結構日本人の名前が出てくるんですよ。黒沢明とか溝口健二、安部公房、川端康成...。たぶんソビエト時代から日本のことを教えていたんだと思いますが。

――それは意外です。

加藤:おそらく、日本独自の精神的な空間の広がりのようなものにシンパシーを感じているんだと思います。彼らは森の民といいますか、海というよりは森林に心の安らぎを感じる人たちですから、同じようにとらえどころがない精神性を重視する独自の文化圏を持っている人たちには関心が高い。

先日モスクワに行く機会がありまして、ちょうど日露首脳会談で安倍首相が領土問題の解決と平和条約締結をはたらきかけた微妙な時期だったのですが、「ベドモスチ」という現地の主要なビジネス紙を見ると83%のロシア人が日本との関係を「重要」と回答していて、日露関係が「良好」と答えた人は60%と報じていました。

おそらく日本人の方はあまりロシアに対していい印象を持っていないと思うのですが、ロシアの方からするとそうではないんですよ。

加藤様2.jpg

――いい印象を持つ以前に、日本人はロシアについてほとんど知らないというのが実際のところかもしれません。ロシア東部については特に情報が少ないですね。

加藤:たしかに、日本人が持つロシアのイメージはサンクトペテルブルクとかモスクワとか、ロシア西部のものばかりで、中央部のシベリアや東部にいたってはほとんど知られていません。印象がいい悪いではなく「ない」のが現状でしょうね。

ただ、この東部にこそ注目すべきですし、理解すべきだと私は考えています。たとえばサハ共和国という世界一広い地方自治体があるのですが、日本と時差がなく距離的にも近い。ビジネスの視点で見るとこれは大きなアドバンテージです。リアルタイムでコミュニケーションが取れますし、物流コスト、トラベルコストも低い。この「地の利」をビジネスでもっと生かせるのではないかというのは、今回の本で言いたかったことでもあります。

―― 一方で現状に目を移すと、ロシアに進出してビジネスをする日本企業や日本人はごくわずかです。この原因はどんなところにあるのでしょうか。

加藤:人の往来が少ないことでしょうね。最近日本とロシアの間でビザの取得条件が緩和されたこともあって、2017年にロシアを訪問した日本人の数は約18万人と、前年から4万人ほど増えました。ただ、アメリカには357万人、中国には259万人も渡航していますからね、依然として非常に少ないといえます。

おもしろいのはさっきのお話にも出たロシア東部で、沿海地方という日本海に面した極東の一帯を中国人は42万人、韓国人は10万人訪問しているのですが、日本人は約1.8万人です。一応、ロシアは隣国ですし、極東地域は中でも一番近い地域ですからね。極端に少ないといっていい。

ビジネスに限らず観光も含めてお互いの国を訪問する人を増やして人の往来を活発にすることが、ロシアでビジネスをする日本人や日本企業を増やすことにつながると思います。

――ロシアでビジネスをするにあたって、ビジネスルールの違いや言葉の問題がありそうですがいかがでしょうか。

加藤:冷戦期と違い、今の若い世代のロシア人は英語を自在に使います。大手の企業であればまず英語は通じますね。

また、こういうことは日本の企業の方はあまり知らないのですが、ロシアは国際会計基準の財務諸表を採用していますし、大手、最近は中堅企業も財務データを積極的に開示します。国際格付け機関の格付けも取得していますから、問題なく国際標準でビジネスができるはずです。

――2005年にモスクワのシェレメーチエヴォ国際空港で飛行機の乗り継ぎをしたことがあるのですが、英語が通じずに大変な思いをしたことがあります。今ではもうそんなことはなさそうですね。

加藤:今はもう言葉が通じずに困ることはほとんどないと思いますし、空港職員の態度も昔とはずいぶん変わりました。

初めてモスクワに赴任した2001年頃は、空港で「外貨を全部出せ」と言われて出したら、事前の申し出と整合しないということで裏に連れていかれて賄賂をせびられる、というようなことがまだありましたが、そういうのはなくなりましたね。2005年頃から劇的に変わりはじめました。今は入国手続きもスムーズになっていますし、職員の対応についてのアンケートまであります。昔はこういうのは考えられませんでした。

――日本で聞こえてくるロシアの評判は決してかんばしいものではありません。たとえばロシアについての報道でよく見かけるのが「国際社会で孤立を深めるロシア」というフレーズなのですが、これはどの程度正しいのでしょうか。

加藤:これは二つの側面から考えるべきでしょうね。まず、安全保障・外交の観点でいえば、国境不可侵を原則とする戦後の国際秩序を尊重する国々のサークルからは明確に孤立しています。ただ、経済という観点でいうとまったく孤立はしていなくて、各国との経済交流によってむしろ仲間を増やしているのが実態です。

複数の国からなるコミュニティはいくつも種類がありますし、国際関係はそもそも多層的なものです。日本で報じられているロシアはその多層的な国際関係のあくまで一面にすぎません。ロシアやプーチン大統領のことはもっと複眼的に見るべきだと思いますね。

――なるほど。

加藤:毎年6月に行われるサンクトペテルブルク国際経済フォーラムや、9月頃ウラジオストックで開催される東方経済フォーラムの顔ぶれを見ると、ロシアが経済面ではまったく孤立していないことがわかるはずです。

フランスのマクロン大統領や日本の安倍首相、中国の王岐山国家副主席といった国際政治上の要人だけでなく、米国エクソンや英国・オランダBP、フランスのTotalといった資源メジャーのトップも多く参加しています。緊張関係にあるとされる欧米からこれだけの人が来ているわけです。

――ロシアに対して経済制裁を科している国の政治家が参加しているのには驚きました。

加藤:そこはやはりプーチンには求心力があり、言っていることに一定の合理性があると評価されているということでしょう。

実際、安保・外交の世界では逸脱するようなことをしますが、経済については2000年に大統領に就任した時から本当にブレない。市場経済原理に基づいた自由貿易の信奉者であり、ロシアに外資を呼び込んで強いロシア経済をつくるんだということを一貫して言い続けているので、経済面では安心できるパートナーなんです。

だからビジネスはやりやすいと思いますね。ロシア側はウェルカムですし、ビジネスのしやすさを示す「ドゥーイング・ビジネス」のランキングを上げようと取り組んでいます。

――アメリカを中心とする西側のメディアは安全保障と外交にのみ注目してロシアを報道するため、ビジネス分野のロシアの取り組みには光が当たりにくい傾向があります。

加藤:「仮想敵国」といいますか、全員一致で攻撃できる対象があった方が安定するのかもしれませんね。

あまり知られていないのですが、2001年から2002年にかけてプーチンはロシアのNATO入りを真剣に考えていたと言われています。ただ、ロシアがどんなにラブコールを送っても、NATOがロシアを仮想敵国視するのをやめなかったわけです。

そうした土台がまずあって欧米に不信感を持っていたところに、グルジア、ウクライナのような旧ソ連の国土だった地域をロシアから遠ざけるような工作を西側がやっていることを諜報を通じて知ったり、あるいはロシアの友好国だったリビアを空爆して、カダフィが無残に殺害されたりといった一連の出来事が続いて、プーチンはどんどん不信感を募らせていったといういきさつがあります。

――NATOの拡大もプーチンの欧米への不信感に拍車をかけたとされています。

加藤:そうですね。冷戦が終わった時に「NATOを東欧には拡大させない」という暗黙の約束があったのですが、実際にはNATOはポーランドやハンガリーといった東欧に、つまりロシアに迫る形でどんどん拡大していったわけです。

その後NATOの東方拡大はEUの東方拡大に形を変えて、やはりポーランドやグルジア、ウクライナを加入させようとしました。これらの不満が一気に爆発してウクライナ編入につながったというのが日本の識者の一般的な見解です。

私も長い間ロシアを見ていますが、こうした経緯を踏まえると安全保障や外交面でのロシアの行動について一方的にロシアが悪いというのは無理があるように思います。

(後編につづく)

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