■全身タイツのヒーロー「かめライダー」が成し遂げた経営改革
「自動車学校に通っていて楽しかった」という思い出はある人はどのくらいいるだろう。
ほとんどの人が淡々と講習と実技をこなしただけで、特別な思い出などないはずだ。
ところが、免許を取った後でも卒業生が教官に会いにくるような、通った人々に長く愛され、劇的に業績を回復させた自動車学校が福岡にある。
南福岡自動車学校では、「かめライダー」という全身タイツのヒーローがいて、学科では脳トレやユニークな語呂合わせで交通法規の暗記ができ、採用試験には謎解きゲームがあるのだ。
この型破りな経営スタイルで、今やミナミは福岡県下でナンバーワンの入校数を誇る自動車教習所になっている。
実は、自動車学校業界は厳しい局面に立たされている。
免許が取得できる18歳人口の減少。自動運転化技術の発展と実現化。将来的に自動車学校に入校社数は目減りしていくのが目に見えているのだ。
そんな業界の状況に危機感を覚えたミナミの若き経営者、江上喜朗氏は四年前から経営改革に乗り出した。江上氏が経営改革のために選んだのは、自らスーツを脱ぎ、全身タイツのヒーロー「かめライダー」となることだった。
なぜ、「経営改革」のための手段が「全身タイツのヒーロー」なのか?
なぜ、「全身タイツのヒーロー」が、実際に教習所の入校者数増加に繋がったのか?
そんな南福岡自動車学校の改革の軌跡から、経営改革に必要な考え方と手法を学べるのが『スーツを脱げ、タイツを着ろ! ――非常識な社長が成功させた経営改革』(江上喜朗著、ダイヤモンド社刊)だ。
南福岡自動車教習所は、江上氏の祖父の代から60年以上続く会社だ。
しかし、自動車学校業界に限らず、古い価値観のままの経営では、緩やかに倒産や廃業への下り坂を歩むことになる。
そんな状況にあっても経営者が改革に踏み切れないのは、次のような思考を繰り返すからだと、本書では述べられている。
1.今日も業界を脅かすようなニュースを目にした。
2.なんとなく、変わらないといけない。このままではいけない。
3.でも、お客さんには評価されているし、売上もある程度は安定している。
4.変えようとするとものすごいパワーがいるし、難しそうだ。
5.……まあ、今日はいいか。
6.1に戻る。
もし、こんな思考を繰り返しているなら、本書を読んで改革のための考え方と行動を学ぶべきだろう。
■「かめライダー」というキャラクターが生み出した波及効果
著者は、自動車学校としての「安く、近くて、早く免許がとれる」「検定試験に合格する技術が滞りなく身につけられる」というニーズに応えるだけではない、新たな価値観を模索した。
行き着いたのは、「安全運転を教えるだけなく、学ぶことの楽しさを知り、感謝の気持ちが生まれる人間教育をしよう。『愛あるおせっかい』で教習生たちの心のドアを開いて、とにかくおもしろがらせる教え方に変えよう」というものだった。
そのためには、中途半端なことをしても始まらない。
江上氏は、顧客の感情を揺さぶり、興味を持ってもらえるような入り口をつくることを考え抜いた。その結果生まれたのが、「かめライダー」という全身タイツのヒーローだった。
この突飛なキャラクターは、実は非常に理に適った方法だ。
イメージトレーニング研究のパイオニアであり、大脳生理学と心理学の泰斗、西田文郎氏の理論に「おや?」「フムフム」「なるほど」の法則というものがある。
感情脳である「右脳」で「おや?」と感じ、分析脳である「左脳」で「フムフム」と考え、 最終的に好き嫌いを判断する「扁桃核」が「なるほど!」と納得すれば、購買につながるという。
「かめライダー」を見れば、多くの人が「おや?」と思う。そこで魅力的なプレゼンや宣伝ができれば「フムフム」と考えさせられ、最終的に「なるほど!」が引き出せれば、顧客が獲得できる。そして、それは実際に入校者数の増加という形で成果が現れたのだ。
また、「かめライダー」の格好でPRを始めてからメディア露出の機会が増えた。テレビ、ラジオ、新聞などに何度となく登場したが、それを広告費用で換算すると、なんと7000万円を超えるという。
「かめライダー」のコスチュームにかけた費用は50万円。費用対効果はかなり高いと言えるだろう。
「かめライダー」としての江上氏の活動は徹底している。イベントや小中学校での講演はもとより、新卒者のための合同会社説明会の場へも「かめライダー」として登場するのだ。
もちろん、「かめライダー」としての活動は、ただの奇をてらったものではない。
交通安全の大切さ、南福岡自動車学校の魅力、自分自身の信念。そうしたコアなメッセージをユーモアも交えつつ真剣に語るのだ。
しかし、もっとも注目すべきは「かめライダー」というキャラクターの意外性や面白さではないだろう。
「スーツ」=「古い常識」から脱却し、「タイツ」=「新たな価値」を生み出していく。この姿勢が、改革に臨む経営者に必要なのだ。
■経営者は社員とどう向き合うべきか
南福岡自動車教習所では「かめライダー」というキャラクターの他にも、既成概念にとらわれない新たな価値観でユニークな教習スタイルが生み出されている。
それは社員が「新たな価値」を創造できる風土があるからだ。
その風土も、江上氏自身が社員との向き合い方を改革していった結果生まれたものである。
人を束ねる立場になると「誰よりも敬われてないといけない」「賢くないといけない」「間違ってはいけない」なといったプライドが芽生える。すると、何かを指摘されたり、批判されたりしたときの「痛点」が人より敏感さを増すという。
批判に痛みを感じすぎると、無意味な反論をして部下を打ち負かしたり威圧して部下を黙らせたりして、良い提案を潰してしまう。そうなると部下は二度と自分に本音で話すことはないし、主体的に何かをやろうとは思わなくなる。
だからこそ、社長個人のプライドにかかわる「痛点」をなくすことが重要なのだと著者は述べる。
また、江上氏は社内では「社長」ではなく「喜朗さん」と呼ばれており、江上氏も社員をあだ名や、名字ではなく名前で呼んでいるという。ここにも社員の力を発揮させる秘訣がある。
「社長」「部長」という役職名にはメタメッセージとして相手との上下関係が含まれている。役職名を言ったり聞いたりするだけで、部下としては「上司の言うことに従おう」と思ってしまう。
社長のワンマンチームにしたいのであればそれでも良いかもしれないが、チームとして総力を発揮する経営を目指すのであれば、呼び方には工夫をするべきだ、と著者は述べている。
社員とのコミュニケーションを深めて絆が生まれれば、改革は成し遂げられる。そして、顧客とのコミュニケーションを続ければ、経営は大きく変わっていく。
そのためには経営者自らが、どのように人と向き合うかが大切なのだ。
(ライター:大村佑介)
『スーツを脱げ、タイツを着ろ! ――非常識な社長が成功させた経営改革』(ダイヤモンド社刊)