滝沢クリステルさんが東京オリンピック招致のプレゼンテーションで使い、海外でもすっかり有名になった「おもてなし」という言葉。
日本人にとっては耳慣れたワードですが、「おもてなしとは何か」を説明しようとすると、案外難しいことに気づきます。何となくわかるけど言葉にうまく乗らない、といったところでしょうか。
『JALファーストクラスのチーフCAを務めた「おもてなし達人」が教える “心づかい”の極意』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)の著者、江上いずみさんは、この「おもてなし」を世界に伝える活動をしている「おもてなしの伝道師」です。
今回は江上さんにお話をうかがい、「おもてなしとは何か」「どうすれば身につくのか」などなど、おもてなしについて教えていただきました。
――拝読して、江上さんが提唱されている「心づかい」の細やかさと徹底ぶりに驚かされました。江上さんは2013年まで30年間、JAL(日本航空)でCAとして勤務されていましたが、この本で書かれたことはJALのCAであれば当然のようにやっていることなのでしょうか。
江上:そうですね。JALは「世界一の航空会社を目指す」ことを目標に掲げているわけですから、かなり厳しく指導しているのは事実です。数千人いるCAを1グループ10~15名ほどのグループに分け、1年をかけて先輩が後輩を育成していきます。
入社時の訓練を経てCAとして乗務するわけですが、やはり、飛行機の中で実際にお客様に接することで学ぶことはとても多くあります。そういった実機での経験を経ていくうちにCA一人ひとりに「心づかい」が身についていくのです。
2009年の倒産危機の後はCAが目指すところも一層高くなりました。これからもう一度お客様にJALを選んでいただくためにはどうすればよいか、ということを社員一丸となって考えなければならなかったわけですから当然といえます。機内でお客様と同じ空間を共有するCAとしてどうすべきか、どうあるべきかを常に考えて乗務に臨んでいました。
――日本では「おもてなし=ホスピタリティ」という捉え方をされるのが一般的ですが、江上さんは「両者は異なったもの」というお考えです。ここで、両者の違いについてお話をうかがえればと思います。
江上:ホテルや旅館などを思い出していただくとわかりやすいと思いますが、「ホスピタリティ」は、いらっしゃったお客様に対して一律に行うサービスというニュアンスがあります。
これに対して、お客様一人ひとりにまで目配りして、その人にあった配慮をするのが「おもてなし」です。
たとえば、靴を脱いでスリッパに履き替えるような場所なら、一律に「ここで履き替えてください」というのではなく、ご年配の方には椅子をお持ちして、腰かけながら履き替えていただくというように、均一のサービスにプラスしてできるアクションがあるはずです。
私は「コンシダレーション(consideration)」と言っているのですが、相手がどんな方なのか、どんな状況にあって何を望んでいるのかを想像して、その人に合った対応をしていくのが「おもてなし」だと思います。「ホスピタリティ(hospitality)」が誰にでも同じように親切に接するイメージだとしたら、「コンシダレーション(consideration)」は相手に応じて変化するイメージといえます。この本で書いている「心づかい」は、こちらの方にあたります。
――JALではCAとして勤務するだけでなく、後進の指導にもあたられていたとお聞きしました。CAになろうとJALに入ってくるような方ですと、心づかいについてもそれなりにできている方が多いのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか?
江上:もちろん、たいへんな就職活動を経て入社してくるわけですから、優秀な方はたくさんいます。しかし学生の時は横のつながりが中心で、友人もクラブも、大学の授業も比較的自由に選択することができます。好きな人や気を遣う必要のない人とだけ一緒にいることが許される環境にありますし、物事を自分中心に考えることができる時期です。
それが社会人になってからは縦のつながりが中心になりますから、自分中心というわけにはいきません。ですからお客様のことを第一に考え、「どうしたら快適にお過ごしいただけるか」という心づかいは最初から完璧にできるわけではないのです。
単に「お客様を満足させるサービス(=Customer Satisfaction)」ではなく「お客様が感激するサービス(=Customer Delight)」がJALでは求められますから、CAとしての経験を積んでいくうちに少しずつ育まれるものになるのだと思います。
――「お客様が感激するサービス」について、いくつか事例を教えていただけますか?
江上:シンガポールやバンコクといった東南アジアから日本に戻ってくる便で多いのが、向こうを深夜に出発して、成田に朝の6時ごろ到着するという便です。
こういった深夜便では、お客様にゆっくり休んでいただくことが最も大切なサービスだと考え、離陸した直後はおつまみ程度の軽食をお出しするだけですぐに機内を暗くし、静かな客室作りを心がけています。食事は到着する2時間ほど前に朝食を出すというサービスプログラムになっているのですが、中には「向こうではずっと会議で夕食を食べる暇もなかった。とにかくお腹が空いている」というお客様もいらっしゃいます。
そのようなとき、経験が少ないCAですと、「本日は朝食をご用意しておりますので、お食事はそれまでしばらくお待ちください」と言いながら、せいぜいおつまみをたくさんお渡しするぐらいの心づかいで終わってしまうかもしれません。しかし、そのお客様が今一番求めていることは何かを考えると、サービスプログラム通りの対応ではなく、まずは食事を召し上がっていただいて、それからゆっくりお休みいただくことがベストなのです。
一律のホスピタリティではなく、相手に応じたコンシダレーションで臨機応変な対応をすること。それが相手の立場に立ったサービスだといえます。そして、そういった判断を下した場合は、自分だけの独りよがりで先に朝食をお出しするのではなく、そのお客様の事情を他のCAにも伝え、情報を共有して、本来の朝食サービスのときには重ねて食事を出すことのないよう、到着までゆっくりお休みいただくことを徹底することが大切だともいえます。
――他にも心づかいを発揮した心に残る事例がありましたらご紹介ください。
江上:ロサンゼルスに向かう機内でのことです。成田を離陸して座席ベルト着用サインが消えたので、いつものように客室を巡回していました。すると、ビジネスクラスに座っているご年配のご婦人が涙をポロポロ流しながら窓の外を見ていらっしゃいました。
何かご事情があるに違いないと思いながら、お手伝いできることはないかと声をおかけしたところ、たいへんな事故の話をしてくださいました。
今回、仕事で日本に来ている長男が私を招待してくれました。私にとっては初めての日本です。親孝行な一人息子がすべてアレンジしてくれて、箱根や富士山五合目まで連れて行ってくれました。それが先月、成田空港に向かって東関東自動車道を走行中、息子が事故を起こしてしまいました。二人とも救命救急センターに運ばれ、私は命を取り留めたものの、息子は残念ながら亡くなってしまいました。今、息子は棺に納められて、貨物室にいます。と涙ながらに語られ、私も思わずもらい泣きしてしまいました。
私はすぐにビジネスクラス担当のCA全員にその話をして相談しました。通路側に座っている老婦人の隣、窓側の席は空席です。そこでその席を息子さんの席にアレンジすることにしました。
食事のサービスの時、ご婦人にオーダーを聞いたところ、洋食の魚料理を選ばれたので、「もし息子さんだったら何をお選びになっていたでしょうか」と聞いたら「彼はお肉好きだったので牛フィレステーキを選んだと思います」とのお答え。そこで空席の窓側席にテーブルクロスを敷き、シャンパンと牛フィレステーキの食事を置いて、ご婦人とともに食事サービスを楽しんでいただいたのです。
食べられることのないそのステーキは、乾燥した機内で次第に水分が抜けていってしまいましたが、ロサンゼルス到着ギリギリまで置いておいてほしいというご婦人のご要望により、十時間近いフライトタイムの中、ずっと窓側席のテーブル上に置かれていました。
普段CAには空になったグラスを放置したりすることのないよう指導していますから、そういった事情で空席にステーキが置かれていることを他のクラスのCAにも伝えておかないと、必ず「お下げしましょうか?」と声をかけてしまうでしょう。ですから全CAにその状況を話しました。
通路を通りかかったとき、老婦人に応対するときのCAは皆、満面の笑顔で接するようなことはありません。それでも涙をこらえながら心を込めて優しい表情で応対し、ロサンゼルス到着時には絶大なる感謝の言葉を頂戴しました。
「言葉に言い表せないほどの悲しみの中、今日のこの十時間のフライトは私にとって何よりもの癒しの時間になりました。皆様のお心遣い(Consideration)を私は一生忘れません」と・・・。
――そのような心づかいは、人によってはどんなに教えてもできなそうなことですね。
江上:やはり、個人差が出るところだと思います。たとえば、各席のイヤホン、毛布、スリッパなどはビニールに入っているので、お客様はお使いになるときにビニールを外してシートポケットに入れますね。
客室を巡回しているときに、座席のシートポケットにゴミがあったらいつまでも放置しないように徹底していますから、CAはそういったビニール袋を目にしたら、不要なものとして回収します。しかし、空になった袋や容器はすべてゴミかというと、そんなことはありません。
たとえば、スリッパなどは機内で使った後に、滞在先のホテルで使うために持ち帰りたいというお客様もいらっしゃいます。そういう方はスリッパがもともと入っていた袋をゴミとして回収されてしまうと困ってしまいます。だから、CAの方も、中身の入っていない袋を一律に回収するのではなくて、お客様が後にお使いになるものかどうかを見きわめ、そのような可能性があればお声がけをしたり、むやみに回収しないという配慮が必要になるのです。
――航空機の中では数百人の乗客のケアを数人でするわけですから、そうした目配りはかなり大変そうです。
江上:ファーストクラスは、8席しかないところをCA3名で担当するわけですから、コールボタンを引かれたりすることのないよう、細心のちゅういを払っています。呼ばれてから行くのではアクションとして遅く、お客様の表情や態度を拝見しただけで、ご要望を察知できるくらいでなければならないということです。
ただ、エコノミークラスは200人くらいお客様がいますから、そうはいきません。その場合は、あるお客様の応対をしたら、その周辺に座っていらっしゃるお客様にも声かけすることが大事になります。
例えばサービスが終わった後の客室巡回中に、あるお客様から「コーヒーをください」とご注文を受けたとします。そのとき「かしこまりました」といってまっすぐ1つだけコーヒーを取りに行ってしまうなどということのないように、ということです。その周りに喉が渇いたのを我慢して座っているお客様がいらっしゃるかもしれない、と察知することが大切なのです。そしてその周囲の方にも「お飲み物はいかがですか」と声をかけたり、「何かご一緒にいかがですか」という視線を送ってみる。そうすることで心づかいが行き届く範囲が広がるわけです。
(後編につづく)
『JALファーストクラスのチーフCAを務めた「おもてなし達人」が教える “心づかい”の極意』の著者、江上いずみさん